3.地下牢の邂逅
乙女ゲーム『ディアマイプレシャス』。
希少な光属性を生まれつき持ち、平民ながらも特待生として貴族の学園に特別入学を許された主人公。
そこで出会った攻略対象と仲を深め、光の聖女として迫りくる脅威に立ち向かう。
――という、ベタすぎる設定が「一周回って新しい」と話題を呼んだアプリゲームだ。
導入はベタだが、人気イラストレーターと豪華声優を起用していることでそこそこの人気を博していた。
そして自分はどうやらその世界に転生してしまったらしい。現世に心残りがあるわけでは無いのでそれは良いのだが、問題はこの状況だ。
「クライマックス過ぎて詰んでる……。逆ハールートなんて無かったはずなのに、5股って何?」
先ほどの課金クッキーを使って攻略対象を片っ端から落とした? 自分が?
いいや、自分は課金はほとんどせず、のんびりと楽しんでいただけだ。何より、逆ハーレムなんて望んでいない。
と、なると、やはり誰かの濡れ衣を着せられてしまったのだろうか?
「本当に何なの……悪い夢なら醒めて……」
膝を抱えたイノリはジッと時が過ぎていくのを待つしかできない。
自分はいったいどうなるのだろう……国家を傾けたらしいので死刑? ゾッとして身震いをする。
諦めてはダメだ。何とか人違いだと分かって貰わなければ。
「あのっ、おねがいします! 誰かいませんか!!」
鉄格子に掴みかかり、階段に向かって叫ぶ。返事は無かったが、代わりにバチンッと弾ける音が反対の暗がりから聞こえた。
「ひゃっ……」
続けて聞こえてきたのは、バタバタと何かが暴れる音とヂィヂィという叫び声。
おそるおそる明かりを掲げると、鉄格子の向こう側で一匹の白いネズミが罠に挟まれているのが見えた。見た目や大きさはジャンガリアンハムスターに似ているが、小さな白い翼が生えている。確かあれはマスコット兼、一番弱いザコ敵だったような。
「えっ……と」
少し迷ったが、助けを求めるように黒い大きな瞳で見つめられて唇をギュッと引き結ぶ。
鉄格子の隙間から手を伸ばして何とか引き寄せると、慎重に罠から外してやった。だが怪我をしたのか、翼と足がおかしな方向に折れ曲がっている。
「痛そう……ちょっと待ってね」
優しく包み込むように持ち上げたイノリは、目を閉じて意識を集中させる。
「……『治癒』」
暖かな光が白いハムスターを中心にほわっと灯る。それが消えた時、折れた翼と足はすっかり治っていた。本当にできてしまったと奇跡の術を目の当たりにして目を瞬く。
「リーシャのチカラってすごい……」
『チュ、チ、チャァ♪』
手の中から、嬉しそうにこちらを見上げて来る白ハムに少しだけ和む。そのまま彼(?)は腕を伝って肩まで登ってきた。
壁際まで移動したイノリは、自分を守るように膝を抱えてこれまでの事を話し始める。だいたいの事情を打ち明けた頃にはすっかり気が滅入っていた。
「ねぇ、これからわたし、どうしたら良いのかな」
『チュウ……』
「死にたくないよ……」
訳の分からぬ内に異世界に転生し、罪をなすりつけられたイノリの精神は限界だった。
気を失うように倒れ込み、白ハムが優しくそれに寄り添う。
浅い眠りから意識を引き上げたのは、コツコツという硬質な足音だった。誰かが階段を降りて来るようだ。
いつの間にか横たわって寝ていたイノリは、起き上がるとそちらを見た。夜は明けたようで、暗い地下牢にも階段から光が差し込んでくる。
足音の持ち主は逆光でよく見えないが、マントを翻した男性のようだ。
(え……!?)
その顔が見えた時、寝起きでまだぼんやりしていた脳が一気に覚醒する。鉄格子の前でカッと足を止めたその人物は、手にした杖と両腕を大仰に広げてこう言った。
「ごーきげんようクソビッチ! 固い石畳の上で少しは反省しましたかぁ??」
あちこちに跳ねている緑がかった黒髪。ずり下がった丸眼鏡。やや瞳孔が開き気味の金色の瞳。爽やかに罵倒した口からは尖った歯が覗いている。
乙女ゲームのキャラデザにしては若干クセの強い彼にも、イノリはもちろん見覚えがあった。
「ネクロス・ルード!! ……先生」
「おやぁ? 私の名前を知っていたとは意外。あなたはチヤホヤしてくれる彼らにしか興味がないかと思っていましたよ」
ズイと迫られ、ぐぅぅと声が出る。
ネクロス・ルード――彼は北の塔に隠居している賢者で、攻略対象たちの魔法の師のような存在だ。
ゲーム的な役割としてはアイテムショップ屋で、塔を訪ねるとゲームを進めるのに便利なアイテムを売ってくれたり、各キャラの好感度などを教えてくれたりするサブキャラ的ポジションである。そのブキミ寄りな外見でユーザーの間では『ダークワカメ』だの『隠賢(陰険)者』だの散々な呼ばれようをしている。それというのも――、
「あ、あの……」
「あなたの処遇が決まりました。好きに人体実験を行ってよいとのことで、私が身請けに来ました」
「ひっ」




