2.ヒドインに転生したようです
愕然とするイノリ……ではなくリーシャを助けようと、攻略対象の男たちは涙ながらに叫ぶ。
「リーシャ! あぁ僕の命!!」
「カタリーナ、この悪女め! リーシャを虐めていたのは貴様の方だろうっ」
「リーシャ! リーシャ、リーシャ、リーシャ!!」
男たちが自分に向かって縋る姿にぞっとする。それはどこか狂気めいていたからだ。
誤解を解こうと床に手をついて上体を持ち上げる。
「わっ、わたしリーシャじゃ――」
「勝手に動くな!」
「あっ!」
だが、騎士に締め付けを酷くされ呻き声を上げる。
悪役令嬢カタリーナは、フゥと扇子で口元を隠すと注目を集めた。そのまま手を振ると、侍女に持ってこさせた何かの袋を広げた。
「皆さま、こちらをご覧ください」
彼女が指でつまんで見せた物にギョッとする。それはハート型の可愛らしいクッキーで、カラフルなアイシングで装飾された見た目に見覚えがある。その既視感に思い当たったイノリは思わず声を上げそうになった。ゲームアプリ内で見た課金アイテムそのものなのだ。使えば好感度を一気に上げられるというシロモノだ。
「これらはリーシャさんが事あるごとに彼らに振舞っていた物です。密かに食べ残しを回収し分析しましたところ、依存性のある麻薬成分が検出されました」
(ま、麻薬!?)
まさかの告発に会場全体がどよっと沸き立つ。ショックで固まるイノリに向けてカタリーナは淡々と続ける。
「リーシャさんはこれを彼らに食べさせることにより、彼女を取り巻く王太子・騎士団長・次期宰相・公爵令息・魔術師長らを魅了し、5股をかけて洗脳したのです」
「してない! 私そんなことしてませんっ! 人違いです!」
当然、身に覚えが無く叫ぶのだが、嫌悪感をにじませたライバル令嬢は冷ややかな視線でこう返してきた。
「この期に及んでまだそんな言い逃れを……他にもあなたの罪状をまとめている最中です。再三注意したのにも関わらず婚約者の居る殿方への接近、目上の貴族に対する奔放な振る舞い、身分をわきまえない言動の数々。まだまだありますわ」
「本当に知らないんです!」
そこでふと、以前に興味本位で読んだネット小説を思い出す。
(これって『悪役令嬢モノ』の逆断罪シーン……? じゃあわたし、ヒドインに転生したってこと!?)
酷い+ヒロイン――いわゆる『ヒドイン』と揶揄される存在は、物語を欲望のままに改変する悪女のことだ。主人公という絶対的地位に胡坐をかいて悪役令嬢を苛め、小憎たらしい顔で媚びを売り、倫理に外れた振る舞いをする徹底的な悪として描かれる。
そしてこの身体の持ち主は、どうやらそういった行いをしてきたらしい。悪役令嬢カタリーナ……いや、この場における絶対的主人公は国王陛下に向かって凛と言い放った。
「彼女はこの国を根底から揺るがそうとしました。外見に騙されることなく、厳しい処罰を望みます!」
「待っ……」
冗談ではない、濡れ衣だ。誰でもいいから助けてくれと手を伸ばすのだが、こちらを見下ろす攻略対象たちの視線にぶつかり声を失う。戸惑いから憎しみや失望に変わっていく視線は、たとえ人違いといえイノリをひどく傷つけた。
「リーシャ、嘘だろう……?」
「そんな、俺は騙されていたのか……」
「あんなに熱く愛し合った夜が嘘だなんて……」
「違うの! わたしはっ……中身はリーシャじゃなくて――」
否定の声をかき消すようにカーンという錫杖を打ち付ける音が響く。
見れば、玉座に腰かける王が場のまとめにはいったところだった。
「静粛に! カタリーナ嬢、そなたには誠に申し訳ないことをした。汚名を着せられたのにも関わらず、国を憂い尽力してくれたこと……心より感謝する」
「いいえ、陛下がわたくしの言葉を信じ、この場を設けて下さったからこそですわ」
憎々し気にこちらを見下ろす王の視線は、慈悲など一切ないと語っていた。
「それに引き換え女狐め、ようやく正体を明かせたわい。兵たちよ、そこの大罪人を牢にぶち込め!」
「いやっ……少しは話を」
叫びながらもがくが、皮肉にもそれは悪あがきのようにしか見えなかった。
もがきながらどこかへ引っ立てられるイノリはカタリーナの目の前を通り過ぎる。
ふと、目があった彼女は勝ち誇ったように背筋をグッと伸ばした。
「あぁ、これを言える日をどれだけ待ちわびたことか……」
「え……」
どこまでも晴れやかなほほ笑みを浮かべた悪役令嬢は、よくあるカタルシスのように言ってのけた。
「ざまぁ! ですわっ」
***
「きゃあ!」
乱暴に突き飛ばされたイノリは、城の暗くジメジメとした地下牢へ放り込まれた。慌てて顔を上げるのだが、鼻先でガシャンと鉄格子を閉められてしまう。
「この檻は魔法をはじく。逃げ出そうだなんて考えるなよ」
「さぁ行こうぜ。なぁ次の団長、誰になると思う?」
「今の骨抜き団長にはホトホト呆れてたからなぁ」
ここまで連行した騎士たちはゲラゲラと笑いながら階段を上がっていった。明かりが遠ざかっていくのに絶望するが、心をなんとか落ち着けたイノリは暗闇の中で両手を開き、そっと呟いた。
「――『光よ』」
ポウッと暖かな光が宿り、ホッとすると同時に自覚してしまう。
「本当にわたし……リーシャなんだ」




