19.急襲
その言葉に、偽カタリーナの紫の目が大きく見開かれる。向こうも『同郷者』だと分かったのか、その目の奥に猛々しい炎が燃え上がる。
「まっ……まさかアンタも――」
「事情は全てお話しします! ですからみなさん、落ち着いて――」
いい加減、会場の混乱もピークだ。乗っ取りの件を説明しようとしたその時、偽カタリーナは突如金切り声を上げた。ギョッとして思わず動きが止まる。
「嘘! 嘘よぉ! またそのコはみんなを騙そうとしてるんだわあああ! 騙されないでキアアアアア!!」
「このっ、暴れるな!」
苦し紛れの抵抗に見えたが、イノリはうなじの辺りがピリッとするのを感じた。
偽カタリーナの指先に、火系統を示す赤い光が宿る。まさか王城で魔術を行使するとは思わず、取り押さえていた公爵も咄嗟には動けなかったようだ。
「な、やめっ――」
「死ねェ! 『爆破』!」
バッと前方に突き出した公爵令嬢の手から火の玉が飛び出した。空気を巻き込みながら上空へ飛んでいったそれは、シャンデリア付近で炸裂し、硝子の破片が雨のように降り注いだ。皆が悲鳴をあげながら逃げ惑う。
外れたのではない、外したのだ。皆の注目が逸れた隙に、偽カタリーナは腰につけていたポーチに手をやった。頑丈に絞められた十字のベルトを乱暴に外すと、古びた一冊の黒い本を引き剥がすように取り出す。
(え――!?)
瞬間、彼女と目が合う。ニヤリと笑った彼女にぞくりとしたのは、その瞳に宿る野望の火が、いまだ消えていなかったからだ。
声を出す間も無かった。バララッと表紙を開いた瞬間、カタリーナの身体から黒い靄のようなものが飛び出した。悪霊のごとく迫るそれが真っ直ぐに目指しているのは疑うまでもない――自分だ!
『奪ってやる! ヒロインの座は、あたしだけの物よ!』
(あ、うそ……)
すべてがスローモーションのように遅くなっていく。思考はハッキリしているのに、足がすくんで動けない。イノリにとって、真っ向からぶつけられる悪意……いや、殺意と呼べるそれは想像以上に恐ろしいものだった。声も出ない。四肢も動かない。
それでもなんとか本能的に顔を庇おうとしたその時、後ろから肩を引かれた。誰かが入れ替わるように前に出る。
「せんっ――」
急に世界が等倍速に戻る。庇ってくれたのはネクロスだった。黒い背中の後ろで目を見開くと同時に、パァン! と、何かが弾けるような音が響く。
「う……うそ……」
イノリは目の前で起きたことが信じられなかった。あの悪霊が、ネクロスに入ってしまった?
彼は受けた時の姿勢のまま動かない。少し前かがみで顔の前で腕をクロスしている。思わず縋りつくようにその背中にしがみついた。
「やだ……先生、嘘ですよね? 先生!」
呼びかけにそろりと動いた彼は、こちらに向き直る。両手で何かを包み込んでいるようで、それをそっと差し出してきた。
不思議に思いながらも見つめる。そっと開けた中から出てきたのは――白くてホワホワとした丸い塊だった。もぞりと動いたそれは、拳を握りしめながらドラマチックに叫ぶ。
『いやぁぁぁっ、ひどいわカタリーナさん! 今のは私を狙って爆殺しようとしたの……、ん? あれ? あら!?』
途中で事態のおかしさに気づいたのか、白いハムスター型の魔物はパチリと目を開けた。ネクロスはその白い首元を掴んでぷらんとぶら下げると、ニタァと悪役全開の笑いを浮かべる。
「いやぁ、ここまで上手く行くとは。ゲスなあなたにはこの身体がお似合いですね」
『ヂヂィ ぢュぁあ!?』
「白ちゃんの身体! ――って、ことは」
ハッとしたイノリはカタリーナの方を見た。赤い魂がヘロヘロと飛んでいく。見ている間に、それは気絶している身体にスッと入り込んだ。うめきながら目を開けたカタリーナは、こちらに向かってニコリと気丈に微笑む。
「ようやく人として挨拶ができますわね。ごきげんよう、イノリさん」
「カタリーナさん!」
どうやら、乗っ取り攻撃を白ハムの身体で受けたことで、それまで入っていた真カタリーナが押し出されたらしい。
「すごい、こんなに上手くいくなんて!」
興奮したイノリは両手を握りしめて顔を輝かせる。本来ならば、偽カタリーナを拘束してから元に戻す方法を試すつもりだったのだ。それをこんなぶっつけ本番の形で対処できるとは。
『ちょっとどういうことよ!? ふざけんじゃないわよこのっっ』
一方、白ハムに入ってしまった黒幕はジタバタと暴れている。心底楽しそうに目の高さまで上げたネクロスは、ニヤリと笑った。
「一発逆転を狙ったのでしょうが、詰めが甘いですねェ。ワルモノの風上にもおけません」
『テメェーこのっ……お前が悪役じゃない!! ラスボスのくせに!』
「らすぼす? はて、何ですかそれは」
「そっ、それは……」




