18.印象操作
来たか。と、二人してそちらをバッと見る。意気揚々と進み出てきたカタリーナは、どこか勝ち誇ったように顎を反らしていた。そのまま見下すような視線を投げてくる。
「あれだけ男に媚びていたクセに実は心を入れ替えましたですって? あはははは! 何を言っているのかしら」
「カタリーナさん、あの……」
少し怯んだイノリだったが、意を決して彼女に話しかけようとする。だが、ププッと笑った公爵令嬢は嫌味たっぷりにこう返してきた。
「あらぁ? ヒトの言葉を喋ったわ、このメス豚。ずいぶんお利口さん。ベッドの上で『あ』と『ン』しか喋れないのかと思ってましたけど」
あまりに品の無い煽りに、会場の空気が凍り付く。誰かが扇を取り落とし、気まずそうに咳払いする音が響いた。当のイノリも意味を理解して真っ赤になってしまう。
「あーら図星ぃ? そのポーションもインチキに違いないわ! そうよ、絶対にそう!」
その反応にカタリーナはますますニマァと笑った。もはや淑女として見せられない表情に顔を歪めると、唾を飛ばしながら罵詈雑言の限りを尽くした。
「きったねぇ頭からっぽのブーーース!! 平民の分際でこのアタクシの名を呼ぶんじゃありませんわ、虫唾が走る! 男に擦り寄るしか能のない売女のクセに! 騙されないで皆さまぁー汚物ですわ、ブスブスブーース」
エスカレートしていく煽りに周囲は引いている。そんな中、彼女の背後からそっと近づく影があった。背の高いその人物はカタリーナの肩に手を置くとグッと引き寄せる。
「そこまでだ」
「あら、お父さま」
白髪混じりの金髪を撫でつけたその人物は、彼女の父であるラディウス公爵だった。厳しい表情に見下ろされた令嬢は、愉快そうにクネクネと身を捩りながら彼に抱き着く。
「いやっ、いやっ、カタリーナはあんな淫乱嫌いですわぁ。もっともっと貶めてやります。だってムカつくんですものぉ、キャハハハハ」
「……」
すぅっと目を細めた公爵は、娘の胸倉をガッと掴むと自分から引き剥がした。
「ん? あれ、お父さま? あれ?」
彼は聞いているこちらが凍り付いてしまいそうなほど冷えた声で、目の前の『誰か』に向かってこう告げた。
「そうやって、うちの娘の品位を落としてから再び入れ替わるつもりだな?」
「はっ?」
「これ以上、カタリーナを侮辱するのはやめろと言ったんだ――この、どこの馬の骨とも知れない無礼者が!」
「え……? ぎゃっ!!」
取り押さえられて床に組み伏せられたカタリーナはカエルが潰れたような声を出す。ハッと進み出たイノリは思わずこう言った。
「できるだけ傷つけないで下さい! カタリーナ様の身体です!!」
「あぁ、だが怒りを抑えることができない……娘を返せ、この悪党が!」
「な、なにっ、どういうこと……!!」
荒い息の合間に問いかけられ、イノリは彼女をまっすぐに見つめた。
「カタリーナさん――いえ、中に入っている『黒幕』さん。諦めて投降してください。この場はあなたを捕まえるための罠です」
「はぁっ!?」
顔を歪ませ叫ぶ黒幕に向けて、ひたすら冷静に事実を述べる。
「本物のカタリーナさんに協力して貰って、そちらの公爵家の方々とは情報を共有しています。この身体を捨てて、そちらに逃げたことも……全部、バレているんですよ」
イノリは少し青ざめながらも、自分の胸に手をあてる。
会場の隅に居た公爵家の面々も進み出てきて、一様にカタリーナを乗っ取った犯人を睨みつけた。
そう、物も言えぬ白ハム状態から言葉を取り戻した真カタリーナは、イノリの協力もあり密かに実家と連絡を取り合う事に成功していた。綿密に計画を立て、今日この場に偽カタリーナをおびき出すための画策をしていたのだ。イノリとネクロスを最高級にドレスアップしたのもそう、先ほどイノリを称賛する拍手をあげたサクラの一人目もそうだ。
「わたしとネクロス先生が評価される時、あなたなら必ず口を出して来る。そう踏みました」
「うそ、嘘よ! わたくしは本当にカタリーナなんだからぁっ」
頭を振りたくって否定する偽カタリーナだったが、相変わらず取り押さえている公爵が悪鬼のような顔でそれを否定した。
「まだぬかすか! ここ最近の突飛な言動の数々、あれでうちのカタリーナに成り済ましたつもりか」
「だってお父さまぁ」
「……カタリーナは私のことを『父上』と呼ぶ。公衆の面前ではなおさらな」
その決定的なトドメに、偽カタリーナはグッと詰まった。うつむくとブツブツと独り言をつぶやきだす。
「いやよ……あたしはヒロインも悪役令嬢も両方やる。この世界ならそれが許される……だってあたしが主役なんだから」
それを聞いたイノリは、少しだけ遠い目をした。
(あぁ、この人は……)
きっとこの『中の人』もイノリと同じように日本からの転生者なのだろう。『ディアマイプレシャス』をプレイしていたプレイヤーの一人……。
そっと片膝をついたイノリは複雑な顔で眉を下げる。だが、グッと唇を噛みしめると哀しそうにこう告げた。
「あなたもプレイヤーだったのなら分かるでしょ。大好きだった世界を壊しちゃいけない。ヒロインのリーシャは……こんなこと、しない」




