17.隠者、一人舞台
確かに、会場に入ってきたのは予想通りネクロス・ルードだった。いつもの不気味な雰囲気はどこへやら、ピシっとした正装に身を固め、伸び放題だったボサ髪も洒落た感じにセットされている。颯爽と歩く姿に、令嬢たちの目は釘付けになっている。
だが、カタリーナと会場の大多数の者たちが真に注目していたのは、その隣でエスコートされている人物だった。光を含んだミルクティー色の髪はキラキラと輝き、零れ落ちそうなほど大きい翠の瞳は少し不安げに揺れている。見るからに上質な生地で仕立てられたミルキーホワイトのドレスは、その身に穢れなどないと主張しているかのようだ。
「リーシャ……ルーチェ?」
「あの色狂いがなぜ……?」
周囲の言葉にハッと我に返る。そうだ、あれは間違いなく『自分が捨てた身体』ではないか。ネクロスの実験動物に払い下げられ、廃人になったはずでは?
玉座の前まで進み出た二人は、国王の前で優雅に挨拶をこなす。コホンと咳ばらいをした陛下は、どう考えてもこの場に居てはいけない少女をチラリと見やった。
「あー、ネクロスや? そこの令嬢はまさかとは思うが……」
「はい、二月ほど前に王太子たちを誑かし、この場で断罪された悪女リーシャでございます」
「それは分かるが、なぜこのようなめでたい席にその女を……」
「それに答える前に、皆様にぜひ知って頂きたいことがあります」
立ち上がった彼は、リーシャの肩に手を回すと振り返り、会場の皆に伝わるように声を張り上げた。
「ご紹介しましょう。彼女こそが、治癒ポーションの真の開発者です!!」
どよっと、今日一番のざわめきが会場を満たす。たっぷりと間を置いてニコとほほ笑んだネクロスは、舞台俳優ばりの通りのいい声でこう続けた。
「断罪された後、リーシャは深く反省し、騙していた民たちの為に償いがしたいと私に申し出ました。えぇ、私も最初は何を企んでいるのかと疑っていましたが、ふと思ったのです。どんな悪人でも更生の機会は与えられるべきではないかと。彼女は私の監視下で自分にできることを精いっぱい模索しました。そうして出した答えは――自らが使える『光の魔法』を、私利私欲を無しに国中に広げることでした」
今や、この会場中の人間がネクロスの声に耳を傾けていた。声色、喋りのスピード、間の取り方が完璧な話術で演説は続く。
「身を粉にして研究に明け暮れた彼女は、ついに治癒ポーションを完成させます。ですが、自らがしでかした事の重大さを噛みしめ、私の名で代わりに流通させてくれないかと提案してきたのです」
奥ゆかしいと思いませんか? 言葉にはしないが、そう言っているような気がして会場の貴族たちは戸惑ったように顔を見合わせた。
「治癒ポーションの効果は皆さま既にご存じの通り。すでに手放せないレベルでしょう。リーシャの名を伏せていたことは申し訳ないが、私が手柄を横取りしたままでは心苦しい……そんな事情から、今回真実を明かすことに決めたのです」
ネクロスは玉座の前に置かれていた治癒ポーションを取り上げ、高々と掲げた。
「リーシャが過去にしでかしたことは消えません……。ですが、ここにある小瓶が、何よりも彼女の償いを表しているのではないでしょうか? 誠心誠意出した成果にどうか正当な評価を!」
締めの言葉がスッと流れていく。しばらくして、会場のどこかから手を叩く音が上がり始めた。それは次第に数を増していき、賛同の嵐へとなっていった。それを満足そうに眺めていたネクロスは国王へ振り返る。
「ありがとうございます。陛下、いかがでしょうか?」
「う、うむ……確かに、贖罪に足らんこともないが……」
その流れに、ギリッと自分が歯噛みする音をカタリーナは聞いた。
(ありえない、ありえない! なんでそいつが目立つのよ! あんな身体、詰み状態だったはずなのに!!)
自分を差し置いて、あっちが目立つなど断じて許される事ではない!
そこまで考えた彼女は、ふいにニタリと笑った。
(そう、いいじゃない。悪くないわ。――そっちの身体、返してよ)
注目を集めるべく、ヒールの高い靴で一歩を踏み出す……。
***
一方、ネクロスに肩を抱かれたまま成り行きに身を任せていたイノリは、彼の演説ぶりに呆れるやら感心するやら、半分引いていた。割れるような拍手の中、隣の彼にだけ聞こえるようそっと囁く。
「先生、なんでそんなに喋りが上手いんですか。事情を知ってる側からすると完全に詐欺師の口上にしか聞こえないというか……」
「ほう、詐欺師! それもいいかもしれませんねェ」
「やめて!」
ダメな方向の天職を示してしまったかと焦る。その時、カッとヒールの音が響き、高らかな声が張り上がった。
「お待ちになって! 騙されてはいけませんわ皆さん!」




