13.誇るがいい
少しだけ慰められたような気がしてチラリと上目で伺う。するといつもの目ェかっぴらき悪役スマイルを浮かべた隠者は、ある意味では期待通りの言葉を放った。
「ええ。キミのような便利な手駒を使い潰すとはもったいない。生かさず殺さずが基本でしょうに」
「……」
hahaha、なんて笑う彼をジト目で睨みつける。
まぁ、こういう人だったよね……と、半笑いで流そうとした時、少し声のトーンを変えたネクロスは意外な言葉を続けた。
「まぁ一つアドバイスを贈るなら、『使われる側』なのを抜け出すためにも、キミも自分が有能なことを自覚した方がいい」
「え、でもこれはリーシャのチカラで……」
今回のポーションも、ヒロインの光のチカラがあってこそ出来たことだ。
だが、こちらを見つめる彼は、長い指をまっすぐに突き立てそれを真っ向から否定した。
「違います、視点と発想力を評価しているのです。力なき者の目線に立つことができるからこそ、量産型ポーションを生み出せた。それは間違いなくイノリという人物固有の能力です」
確信を持った響きは、心の底からの真意だと受け取ることができる。なぜなら『慰める』という言葉とは無縁な彼がいうのだから。
ニヤと笑うネクロスはひじ掛けに頬杖をつく。皇帝か何かのように尊大に手を広げるとこう言い切った。
「誇るがいい。キミは実に利用価値のある有能だ」
「――、」
その言葉をかみ砕いて理解していくにつれ、イノリは胸の奥から熱い何かがこみ上げてくるのを感じた。
いつも死んだような顔をして終電ギリギリに飛び乗り、帰ってからも仕事に押しつぶされていた前世の自分。誰にも助けを求められず、風呂で一人孤独に死んでいった『新山いのり』という哀しき存在。
死んでひと月も経てば誰の記憶からも消えてしまうであろう自分を、初めて認めてくれたのは、
「う、ぅ、うぅぅ」
堪えきれずにあふれ出した熱い雫が、頬を伝って膝に落ちていく。
慰めるどころか、覗き込むように腰を屈めた彼は、指を差しながらケラケラと囃し立てた。
「アッハァ、チョロいチョロい。これではまたすぐに騙されてしまいそうですネ」
「だ、台無しぃ」
散々泣いてからかわれた後、淹れなおした紅茶を傾けていたネクロスはふと思い出したように言った。
「ところで『ヒドイン』探しのアテはつきましたか?」
「それは……まだ」
この秘密の研究所からまともに出られない状態で何をどうすればいいのかイノリには分からなかった。まずはこのポーションを上手く運用し、国に功績が認められればそこから少しずつ――と考えていたのだが、効率厨のネクロスはこんな提案をする。
「いい方法があります。このポーションの功績が『リーシャの物』だと大々的に公表すればいい。きっと手柄を横取りするため元の身体の持ち主は舞い戻ってくるはずです」
「うわぁ、それありえそうで怖い……」
ゾッとしながら両腕をさする。入れ替わりの手段が分からない内はその手段はとれない。
「って、あれ? わたしが別人って認めてくれたんですか?」
ふと気になった事を聞いてみる。こちらをチラリと見た彼は、紅茶を呷りながらしれっとこう答えた。
「これだけ接していれば分かりますよ、以前のリーシャには知性の欠片も感じられなかった」
「あ、はは」
なかなかに酷い言いぐさだが、被害者はこちらなので苦笑いで流す。
ソファの背に体重を預けたイノリは、もうすっかりなじんだ研究所の天井を眺めながらポツリと呟いた。
「カタリーナさんに、協力して貰えないかなぁ」
そうだ、今度こそ事情を打ち明けて、誤解を解く時かもしれない。
主人公化した彼女なら、きっと話を聞いてくれるだろう。聡明で、理知的なはずだ。
「先生、もう一回彼女を呼べませんか?」
「やけにあの娘にこだわりますねェ。前にも言いましたが、アレはどうかと思いますよ」
ところがそれに対してネクロスは珍しく嫌そうな表情を浮かべた。怒るより不思議に思ってしまって、思わずきょとんとしながら聞き返す。
「アレって、なんでそこまで嫌ってるんですか?」
「……あまり、論理的でないことは言いたくないのですが。まぁ、何となく」
「何となくって……」
彼にしては歯切れが悪いこともある物だと、首を傾げてしまう。机に乗り出したイノリはなんとか説得しようとした。
「そんなに警戒しなくても、もしかしたらカタリーナさんは――」
『ヂッ』
その時、机の端でプースカ寝ていた白ハムが、弾かれたように飛び上がった。
起こしたか、と謝ろうとしたその時、こちらをジィっと見上げていた小動物は口をポカンと開ける。
『ぷゃ……』
「白ちゃん?」
何事かと声を掛けようとした時、彼は決意したように拳をグッと握った。そう、確かに小さなおててを握り込んだのである。
「ど、どうしたの」




