14.歪ませてみたい
『チャぁぁ……』
そして、先ほどアイディアを纏めるため使っていた羽根ペンを全身で持ち上げようとする。抱き着くようにペンを握った彼は、足元の紙に先端を滑らせようとした。だが、足をもつらせてバタンと倒れ込んでしまう。
「うわ、大丈夫?」
「これは面白い。何か伝えたいのですか?」
ネクロスの言葉に「え」と反応する。確かに白ハムは、それでも諦めずにペンを持ち上げようとしていた。
「待って、白ちゃん」
そのペンを取り上げたイノリは、焦ったように手を上げる彼から紙を遠ざける。そのまま、スラスラと何かを書いていった。
「はい、何か言いたいのならこれを使って」
しばらくして渡した紙には、この世界で言う『あいうえお』――50音表が書かれていた。ご丁寧に一番上には「はい」と「いいえ」も書かれている。
「なるほど、指し示せと言うワケですか。しかしそこまでの知能がありますかねェ?」
「先生は知ってます? こっくりさん」
「ポックリさん?」
『ヂッ ヂッ ヂ!』
人間二人が喋り出したので白ハムが気を引こうとアピールする。ごめんごめんと謝りながらのぞき込むと、彼は一文字目をペチペチと叩いていた。
「えーと、『わ』ね。それから『た』、『し』……」
イノリが別の紙に書き留めていく。そうして完成した文章を見た二人は、しばらく声を失ってしまった。
わ た し が か た り な
かたりな。カタリナ。カタリーナ。
わたし「は」カタリーナ。ならば、まだ偶然同じ名だったという可能性も考えられただろう。だがこの白玉は「が」と言った。明らかに先ほどまでの話を聞いて、自分こそがカタリーナだと主張している。
「あっ、あなたがカタリーナ様!? 公爵令嬢の!?」
思わず前のめりになって問いかける。黒いビーズのような目をした白ハムは、そうだと言わんばかりにコクコクと頷いてから一声鳴いた。
『ヂッ』
なんてことだ。いつからだ、まさか地下牢で会った時から――!?
「先生! 動物と喋れるようになる魔術!」
「そんなものありませんよ」
「無いかーっ」
一縷の望みをかけたのだが、さすがのアイテムショップ屋もそこまで手を広げてはいなかったようだ。
グルグルと巡る頭を抱えていたイノリは、光の魔法でどうにかできないかと思考を巡らせる。
「えーとえーと、使えそうな光魔法……浄化――したら魔物だからダメージ受けそうだし。そうだ、解呪!」
ネクロスの首輪を無効化した時の魔法をかけて見るのだが、呪いとはまた違うようで何の効果もない。
「どうしよう……」
『チュぁ……』
白ハムを両手に乗せて、イノリは途方に暮れる。
その大騒ぎを傍から見ていた男は、どうにも分からないといった感じで首を傾げた。
「まだ確証があったわけでもないでしょうに……なぜそこまで焦るのです?」
「だって――」
泣きそうに顔を歪ませた少女は、小さな公爵令嬢を大切な物のように包み込む。
「もし本当に人間なら、こんな状況不安で仕方ないと思います。言葉も通じない、踏み潰されたら……わたしだったら耐えられないかも」
他人を思いやる優しさ、それはイノリの根底にある本質だ。見て見ぬふりなど、できなかった。
「だからほんの少しでもいい、希望があるって安心させてあげたいんです!」
それを見ていたネクロスは、眼鏡の奥の金眼をスゥっと眇めた。立ち上がると覆いかぶさる勢いでこちらを覗き込んでくる。
「やはり面白いですね。キミは」
「えっ」
「素直で、感情的で、自分より他人を優先する。騙されているかもしれないとは欠片も疑わない。その愚かさはいっそ眩しい。外の世界から来た者は皆こうなのですか?」
節くれ立った手で両頬をガッと掴まれ、強制的に上を向かされる。吐息がかかりそうなほどの近さで、彼は低く……だがよく響く声でハッキリと呟いた。
「歪ませてみたい」
その言葉の真剣さに、思わずゾッとする。血の気が引いたイノリをパッと解放し、いつものふざけた笑みを浮かべた彼は一歩下がりながら両手を広げた。
「ハハ、冗談ですヨ。そうですね、恩を売っておくのも悪くない」
バクバクと暴れる心臓を抑えるイノリをよそに、紙一重の危険人物は呑気に少し離れたキャビネットへと歩いていった。しばらく棚を漁っていたかと思うと、何かを引っ張り出す。
「まずはそのネズ公の言い分を聞いてみましょうか。ちょうどいい物があります」
彼が引き出したのは、小指の幅ほどしかないリボンだった。長さは15センチほど。不思議な事に、白の無地が見ている内にほんのり黄色に色づく。
「触れている者の考えている事を拾って色が変わるリボンです。まぁ、コストが嵩んでこの長さしか作れませんでしたが」
「考えを、色に……?」




