11.はい、あーん♡
女性に話すにはだいぶアレな伏せ字オンパレードに、イノリだけでなくカタリーナもヒクリと頬を引きつらせる。そんな空気を物ともせず、こちらにツカツカと歩いてきたネクロスは(え!?)机を挟んだ位置でこちらの頭に手をポンと置いた。ニマァと酷い笑顔を浮かべるとねちっこい声でこう言う。
「ほぉら、ご挨拶なさい。リーシャぁ……」
(ええええ!?)
指先で髪を絡めとるように撫でられ、漂うアブノーマルな雰囲気にグルグルとめまいがしてくる。憤死しそうになったその時、彼の目くばせに気づいた。怒りで飛び出しそうになった叫びをあと一歩のところで呑み込む。
(話を合わせろってこと……?)
散々迷った挙句、イノリは羞恥を堪えながらそれっぽい声をあげることにした。
「ぅ……ぅあ、うぁぁ~~……」
何をしているのだろう。恥ずかしさで涙が出そうになるが、ニッコリと笑った彼は朗らかにカタリーナへ振り返った。
「良かったら見ますか?」
「あ、あーーー結構。お邪魔いたしました、ハイ」
サッと視線を逸らした令嬢はそそくさと退散する。だが最後に悲しそうな声でこう言い残していった。
「その子にも、何か事情があったのかもしれませんね。あそこまで自分は無実だと叫んでいたのだし、もっと話を聞いてあげればよかった」
クッと後悔の涙を呑み込んだ彼女の足音が遠ざかっていく。……もう大丈夫だろうと判断したところで、イノリは机の影から這い出た。恨みがましい目で睨みつけながら低い声で言う
「……誰がメス奴隷ですか」
「研究所という檻に入れて囲っているのには違いないでしょう?」
澄ました顔で言われ、ドン引きしながら去っていった彼女の背中が思い出されてしまう。
「あ~~カタリーナ様と友達になりたかったー! わたしの中身がヒドインのリーシャじゃないって説明したかったのにー!」
頭を抱えて嘆いていたイノリだったが、顎に手をやり考え込んでいたネクロスはボソリと言う。
「彼女と仲良くなるのは、あまりオススメしませんね」
「え、どうしてですか?」
「……あの『目』……」
説明の続きを待つのだが、難しい顔をした彼は顎に手をやりそれきり黙り込んでしまった。こちらが疑問符を浮かべていると、急にケロッとしたように視線を戻した彼はアハ、と笑う。
「まぁ、キミは未来永劫、私のおもちゃですから。早々手放したりはしません」
「おもちゃって……違いますから」
むくれてジト目になっていたイノリは、ハッと思い出して彼に掴みかかる。
「っていうかクッキー! なんてもの作ってるんですか!」
まさか、攻略対象が骨抜きにされた一因がこの男にあるなんて。信じられない思いで見つめていると、人差し指を立てたネクロスはこちらの額にトンと突き立てた。
「それに関しては反論します。確かに、媚薬入りのクッキーは尋ねてきたキミ……もとい、リーシャに売りはしました。ですが、麻薬までは知りませんよ。依存性のある物は本人が後から追加したのでは?」
「……。ほんとぉ??」
どうにも疑わしくて、半信半疑の声が出てしまう。けれども物事は多角面からみるべきだ。一つ呼吸を置いて冷静に考えてみる。
(でも確かに、ゲームの課金クッキーは愛情レベルを一つ上げるだけの時短アイテムだった。あんな狂っちゃうような描写は無かったはず)
転生した場面での、自分を求めて縋りつくイケメンたちの狂愛を思い出してゾッとする。
身を震わせるイノリをよそに、ネクロスは実に楽しそうに課金クッキーの仕組みを説明した。
「あれに入っているのは、神経を多少刺激して血のめぐりを早くさせるだけの薬効成分ですよ。全身が熱を帯びて本能的な部分が刺激されるという。なんだったら肩こり腰痛にも効果がある健康にも良い物です」
(そんな、葛根湯みたいなものじゃないと思う。絶対)
それでも疑わし気にみつめていると、フッと笑った彼は片手を広げながらこう言った。
「言ったでしょう、興味本位で作っているだけだと。それがどういう結果をもたらすかまでは責任を持てません。使う方が悪いと思いませんか?」
「う、ううう~」
確かに、殺人鬼が使っていた包丁を作った職人まで罰せられるかと言うと――いや、やっぱりそんな危険な物を作る方が悪いのでは!?
「まさか残っていないでしょうね!? 証拠隠滅、処分しますっ」
「ああ、お茶に誘いに来てくれたんでしたっけ。お茶請けに一つどうです?」
「だっ、誰が!」
戸棚から取り出した缶から出てきたのは、ゲーム内でも見たハート型の物だ。
それを一つつまんだネクロスは、あーん♡と言いながらこちらの口に近づけて来る。
「食べさせてあげましょう、ヒロイン体質にも効くのか実験といきますか。ケケケ」
「いやぁーっ!」
***
「うわ……まだやってる」
同時刻、塔から出たカタリーナは上から騒がしい声が降ってきた気がして振り仰ぐ。
……正直、あの不気味な男に関わったことを後悔していた。見せつけ調教プレ――いや、自分は何も見てない聞いてない。そういうことにしておこう。そう思いながら、王宮でもトップクラスの変人の姿を思い返す。




