10.(ピー)(ピーー)(ピーーー)
イノリとネクロスが共同で作りあげた分離式の治癒ポーション。二人はそれを20日ほど前から一般市民の市場に流通させ始めていた。反応を見るための実験だったが評判は上々なようで、城の中でも出どころを探ってザワついているのだとか。
「実はここに来たのはそれを確かめるためでもありますの。先生が開発した簡易治癒ポーション、素晴らしいですわね」
「それはそれは、公爵家のご令嬢に褒めて頂けるとは光栄です」
いつものイノリに見せる尊大な態度はどこへやら、ネクロスは淡々と答えている。
それに対して、目をキラキラと輝かせたご令嬢はこう提案をした。
「今は王都のみに留まっていますが、これは国中に普及させるべき素晴らしい発明品ですわ。先生、この件でラディウス家もお力になれたらと思いますの」
「ほう、公爵家が?」
興味を持ったように声のトーンを上げるネクロスにギョッとする。だが、カタリーナの次の言葉を聞いて、イノリも次第に興味を持ち始めた。
「ええ、我がラディウス家が協力すれば、生産スピードを上げて今よりも素早く全国的に広げられるでしょう。さらに物を売るにはブランド力が必要です。公爵家の名を入れれば人々の信頼度も上がるのではと」
確かに一理ある。自分だって聞いたこともない怪しい薬よりは、公爵家の名前がデカデカと印字されている方を選ぶだろう。
胸に手をあてたカタリーナは、さらに売り込みを続けた。
「大規模な工場をつくらせれば、さらなる量産が可能になり、一般市民でも手を出せるまで価格を抑える事ができます。一家に一本の時代が来るのですわ」
(すごい……公爵令嬢って、そこまで考えてるんだ)
名家のご令嬢は経営手腕にまで明るいのか。素直に感心していると、ヒドインに煮え湯を飲まされた悪役令嬢はフッと哀しそうな笑みを浮かべた。
「わたくしにリーシャさんのような光の魔力はありませんが、民を想う気持ちは誰にも負けませんもの。公爵家の娘なりに、できることをやりたいのです」
その覚悟を決めた声色に、イノリは心の底から感動してしまう。
(いい子ぉ~!! なにこれ、ゲームと全然違うキャラに進化してるー!)
さすが、本来の乙女ゲームから悪役令嬢モノに変化した世界なだけある。どうにか、イノリもこちらの事情を打ち明けて和解ができないものだろうか?
この位置からでは、ちょうど背中を向けていて彼女の顔が見えない。声をかけるタイミングを見計らっていたのだが、カタリーナはネクロスの手をスッと取り上げた。
「ですから先生――ね?」
なぜだろう、そこで少しだけ雰囲気が変わったような気がしてイノリはあれ? と、首を傾げた。
手を取られても無表情だったネクロスだが、ふいに視線を落とすと奇妙なことを言い出した。
「ずいぶんと頑丈そうな鞄ですね?」
「え?」
問われたカタリーナはパッと腰を抑える。確かに、令嬢ドレスに合わせるには少々ごついポーチが付いていた。十字にベルトが巻かれていて厳重に鍵がかけられている。
サッとそれを背中側に回したカタリーナは、なぜか慌てたように少しだけ早口になった。
「あ、あぁ、これは……両親から色々と頼まれてしまって、重要な書類を運ぶのに重宝するんですの」
ネクロスの手を離して一歩下がった令嬢は、くるりと踵を返す。
「では事業の話はまた改めて。色よいお返事を期待しておりますわ」
「……」
隠者は何も答えない。ただ目を細めて無表情にも微笑にも見える顔つきで見つめているだけだ。
少したじろいだ様子のカタリーナが、イノリの前を通過して扉に手をかける。そこで思い出したように振り返った。
「そういえば、リーシャさんがどうなったかは……聞いてよろしい物ですか?」
突然、自分のことを話題に出されてドキッとする。本人がそこに居ることなど露知らず、公爵令嬢はためらうそぶりを見せながらこう続けた。
「その……わたくし他にも気になっていることがありまして、あの断罪の場では公表しませんでしたが、彼女が一時期こちらの塔に通い詰めていたとの情報が……」
(え?)
それは、イノリがこの身体に入る前――ヒドインリーシャの時の話だろうか?
聞いてないと戸惑っていると、カタリーナはおそるおそるこう続けた。
「もしかして、王子たちを洗脳した麻薬クッキーは……ここで?」
そこでピンと来たイノリは愕然としてしまう。
(え!? ――あ! アイテム屋!!)
そうだ、元のゲームで課金アイテムのクッキーを購入できるのは、ここネクロスのアイテムショップだった。どうして気づかなかったのだろう。
信じられない思いで男を見ると、秘密の売人は意味深にニコリと笑った。はぐらかすように話題を逸らす。
「リーシャ? あぁ、あのメス奴隷ですか。実は実験で(ピー)と(ピーーー)させて居たらすっかり廃人になってしまいましてねェ。今では檻に入れていないと所かまわず(ピーーーーーー)してしまうんですよ。すっかり脳がとろけてしまったようです」
(なぁっ!?)




