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008 下院

第七区。


廃棄された冷凍倉庫を改造した一室にて。


六道りくどう 飛鳥あすかはガタつくアイアンベッドに腰掛け、眉間を深く寄せていた。


不運ツイてないな。『劉備』のアカウントはしばらく使い物にならなそうだ」


彼は毒づいた。


メロン出版社の連中め、余計なことをしてくれたものだ。


末端の使い走りは片付けたが、問題はその後ろ盾である『FSグループ』だ。


連邦内の数多の浮遊都市を股にかけるあの巨大企業が本気で調べれば、自分の足取りを掴まれるのも時間の問題だろう。


「人の稼ぎ口を潰すとは……あの『デカい餅』野郎どもめ」


飛鳥は懐にある、まだ温かみの残る封筒を撫でた。まとまった金は手に入ったが、長期的な収入源を断たれたのは痛い。


「……ま、今はこれか」


視線の先には、無骨な鉄の塊――古い工業用蓄電池が置かれている。


この世界で最も高価なのはエネルギーだ。


異兽いじゅうが現れる前ならいざ知らず、今やエネルギーの大部分は都市の移動エンジンと防衛マトリクスに割かれている。


飛鳥のような準市民に与えられる月間配電枠は、わずか0.5キロワット時。


電球一つ点けるのにも秒単位で計算が必要なほどだ。


「1キロワット時で5000連邦ドル……足元見やがって」


闇電力を買うために費やした1万ドルの出費を思い出し、胸が痛む。


バッテリー本体代も合わせれば2万ドル。


準市民の家庭なら一年近く暮らせる金額だ。


だが、これしか方法がない。


スキル『六船踏りくせんとう』で身体能力を向上させるには、相応の外部エネルギーが必要なのだ。


F級からE級への壁を超えるには、食べ物の消化エネルギーでは効率が悪すぎる。


飛鳥は窓の外を見た。


遠く上層区アッパーは不夜城のように輝いているが、この下層区スラムのドブネズミにとって、盗電すら命がけの高等技術だ。


「覚醒テストまであと数日。まずは安定を優先だ」


飛鳥は心を落ち着かせ、視界に【真理ステータス】を浮かび上がらせた。


【宿主:六道 飛鳥】


【X染色体ストック:70】


【Y染色体ストック:68】


【能力値】


【蛮力:F+】


【持久力:E-】


【速度:E】


【聖力:E-】


【精神:E+】


【聖器:F~EX】


「蛮力を上げるか」


彼はX染色体51個とY染色体49個を【蛮力】の項目に投入した。


F+からE-へ上げるために必要な染色体数は100。


投入が終わると、蛮力の横にプログレスバーが現れた。


【現在の進捗:0%】


飛鳥は蓄電池から伸びる二本の太いケーブルを掴んだ。


「さて、電気治療の時間だ」


金属製のクリップを、躊躇なく自らの脇腹の柔らかい肉へと挟み込む。


「……っ!」


飛鳥は息を呑み、口角を引き攣らせた。震える手でバッテリーの赤いスイッチを入れる。


――ヴォォォォン!


重苦しい轟音と共に、淡い青色の火花が配線を伝って飛鳥の肌へと潜り込んだ。


全身を激しい戦慄が襲い、骨が軋む音が鳴り響く。


「食らえ……吸い尽くしてやる!」


電流はスキルの導きによって狂暴な熱流と化し、下腹部の「ブラックホール」へと吸い込まれていく。


ステータス画面のプログレスバーが猛烈な勢いで跳ね上がった。


【15%…38%…62%…89%……】


飛鳥の肌は茹で上がった海老のように赤くなり、毛穴から白煙が噴き出す。


やがて轟音が止み、最後の一火花が指先で消えた。


飛鳥は泥のようにベッドに倒れ込んだが、すぐに体を起こしてそのパワーを確かめた。


引き締まった筋肉の繊維一つ一つが、高強度の鋼索になったかのような感覚。


ベッドの合金製の手すりを掴んで軽く力を込めると、指の太さほどの鉄棒が粘土のようにひしゃげ、鮮明な指紋の跡がついた。


「……成功だ」


……


嬲嫐じょうどう学院・下院。


ここは常に機械油の匂いが漂っている。


上院の異態者が戦場の「ガンダム」だとするなら、下院の人間はその装甲を磨き、レンチを渡す「整備兵」に過ぎない。


一年三組の教室は、どこか浮足立っていた。


「おい、準備はできてるか? 来週はあの『変態』どもの覚醒テストだぞ」


「何をするってわけじゃない。ミスさえしなきゃいいんだよ」


そんな会話の中、教室の隅から「ガシャン」という硬質な金属音が響いた。


マガジンを叩き込む音だ。


窓際の席に座る痩身の男子生徒――佐藤さとう ようが、黒光りするカスタマイズ済みの『デザートイーグル』をネル布で丹念に磨き上げていた。


「よう、陽」


クラスメイトの一人が冷やかし半分に声をかける。


「学年一位のお前様も、何か感想を言えよ。俺たちの初めての外勤だぞ?」


陽の手は止まらない。


瞼すら上げようとしなかった。


「別に」


「けっ、相変わらず気取ってやがる。異態者やあいつらの持つ『異武』に興味はねえのかよ?」


陽は、ようやく動きを止めた。


ゆっくりと顔を上げ、感情の欠落した死魚のような眼を向ける。


「……どうでもいい。俺は、異兽を殺せればそれでいいんだ」


……

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