表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/29

007 貴様、異獣か!?

ゴミが山積みになった袋小路の突き当たり。


白いスーツを着た男が路地の方に背を向け、手元で高級そうなライターを弄んでいた。


「連れてきました」


白い制服の男が恭しく一礼し、そのまま路地の入り口へと退がる。


まるで門番のように出口を塞いだ。


スーツの男が振り返る。


そこにあったのは、エリートビジネスマンを思わせる隙のない笑みだった。


彼は金縁のメガネを押し上げ、六道りくどう 飛鳥あすかに向かって微かに腰を折った。


「初めまして。お会いできて光栄ですよ、劉備りゅうび先生」


その言葉を聞いた瞬間、飛鳥の心臓が跳ね、全身の筋肉が瞬時に引き締まった。


やはり、バレていたか。


「そう緊張しないでください、先生」


「私は『克制局』の人間ではありません。私は、こういう者です」


男は微笑みながら、ポケットから金箔押しの名刺を取り出し、飛鳥の前に差し出した。


飛鳥が受け取った名刺に目を落とすと、その端がピクリと動く。


【メロン出版社・シニアエディター・武田たけだ


「メロン出版社……?」飛鳥は目を細めた。


その名は知っている。「フェルム」内でも数少ない『規制品出版許可』を持つ巨大メディアの一つだ。


彼らは高ランクの市民に「心の糧」を提供する専門家。


ある意味、連邦公認の「エロ本屋」と言ってもいい。


この世界の『克制法こくせいほう』は、ランクの高い市民ほどその拘束力が弱まる。


彼らは低ランク市民よりも多くの権利を享受しているのだ。


飛鳥のような「準市民」は、都市の居住権を持っているに過ぎない。


最低限の安全保証すら、そこにはないのだ。


「先生、私はメロン出版社を代表して、正式にあなたを我が社の『神作家育成計画』に招待したいと考えています」


武田は両腕を広げ、まるで神の奇跡を説く預言者のような熱っぽさで語り始めた。


「あなたの才能は、こんな不潔な場所に埋もれさせておくべきではない」


「契約に同意していただければ、月々2万連邦ドルの最低保証給をお支払いします。インセンティブは別です」


「さらに、成果次第では10年以内に『二等市民』の身分を勝ち取ってみせましょう!」


二等市民。


それは法律の保護を受けられるだけでなく、AAランク以下の規制品にも合法的に触れられることを意味する。


エリートになれば、合法的な『繁殖枠パートナー』を持つことさえ許される。


下層区に住む無登録者や準市民にとって、それは拒絶しがたい誘惑のはずだった。


だが、飛鳥は心の中で冷笑していた。


――デカい餅を描いて釣るつもりか?


前世で見てきた「やりがい搾取」の数は、お前が食ってきた米の数より多いんだよ。


メロン出版社の悪評はブラックマーケットでも有名だ。


『神作家育成計画』などと言っているが、実態は「監禁式創作」に他ならない。


一度サインをすれば、完全に封鎖された空間に閉じ込められ、飯と睡眠以外はひたすら執筆を強要される。


一日10話更新は当たり前、20話更新してようやく合格点。


どれほど才気溢れる作家も、その精神的搾取によって一年経たずに涎を垂らす廃人と化す。


キーボードの前で過労死する者さえ珍しくないのだ。


何より、今の身分は偽装だ。


『虚偽の仮面』を維持するには異力を消費する。


E-ランクの異力では、8時間の連続維持さえ怪しい。

F-

そんな閉鎖環境に放り込まれれば、正体が露呈するのは時間の問題だ。


彼が報酬は低くとも束縛のない闇出版社を選んできたのには、相応の理由がある。


「……悪くない話だな」


飛鳥は首を傾け、口角に挑発的な弧を描いた。


「だが俺は自由を愛するタチでね。少し考えさせてくれないか?」


武田の顔から笑みが消え、その眼差しが冷酷なものへと変わった。


彼は首を振り、ため息をつく。


「先生……あなたは状況を理解していらっしゃらないようだ」


「実は、あなたの正体はすでに克制局の情報課に特定されています。彼らは今にも網を絞ろうとしている」


「我が社があなたの才能を惜しみ、『特殊なコネ』を使って情報を先回りして遮断したのですよ」


武田は一歩踏み出し、あからさまな脅しを口にした。


「安心してください、ここには監視カメラもありませんし、あそこにいる白制服も我々の仲間です。あなたが頷けば、『メロン』の貴賓だ。だが、もし首を横に振るなら……」


彼は言葉を切り、残酷な光を宿した。


「あなたは『規制品の意図的な拡散、および連邦の安全を脅かす重罪犯』となる。ここで『現場射殺』されても、何ら不自然ではありませんからね」


飛鳥は数秒間沈黙し、それから声を上げて笑い出した。


肩を震わせて笑うその姿に、武田の心に微かな不安がよぎる。


「……何がおかしい?」


「いや、あんたの描いた餅があまりに立派すぎて、喉に詰まりそうだなと思ってな」


飛鳥は不意に顔を上げた。その瞳は冷徹な刃のように研ぎ澄まされている。


「提案は魅力的だが……断る!」


その返答を聞いた瞬間、武田の顔は完全に怒りで歪んだ。


彼は即座に後退し、指を鳴らした。


「ふん、情けをかけてやればこれだ。仕方ありませんね。少し乱暴な手段で、先生には『静養』していただくことにしましょう」


合図とともに、路地の入り口にいた二人の男がニヤつきながら電撃棒スタンバトンを抜いた。


同時に、周囲の影からさらに三つの影が飛び出す。


……5分後。


路地の両脇に積まれていたゴミの山は、暴虐な力によって粉々に粉砕されていた。


武田は地面に腰を抜かしていた。


高価な金縁メガネは地面に落ち、レンズは粉々に砕けている。


彼は全身をガタガタと震わせ、目の前の光景に絶望していた。


実力者揃いだった5人の護衛は、今や満足な死体すら残っていない。


まるで分子レベルで分解されたかのように、その体は虚無へと霧散していった。


飛鳥は手にした巨大な黒い棍棒――『黒影こくえい』をゆったりと引きずりながら、武田へと歩み寄る。


その一歩一歩が、武田の心臓を直接踏みつけるような重圧を放っていた。


「き、貴様……一体何者だ……?」


飛鳥の体に刻まれた銃創が、目に見える速さで再生していくのを見て、武田は歯の根が合わないほど震え、声を裏返らせた。


「こ、こんな力……まさか、貴様……『異獣』か!? 人の形をした異獣なのか!?」


飛鳥は武田の目の前で止まり、見下ろした。


彼は答えず、ただ『黒影』を重々しく地面に突き立てた。


――ドォォォォンッ!


硬いコンクリートの地面に、蜘蛛の巣のような亀裂が一瞬で広がった。


飛鳥は首を軽く鳴らし、武田が一生忘れられないであろう凶悪な笑みを浮かべた。


「編集さんよ、次に督促に来る時は、もう少し誠意のある手土産を持ってきな」


「あんな腐った餅、犬でも食わねえよ」


……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ