028 生物系異武
「あんた、察知能力が凄まじいわね」
レイナは地面に広がった悪臭を放つ緑色の粘液を見つめ、息を呑んだ。
「あの異獣、危うく私まで騙されるところだったわ」
その言葉を聞き、六道 飛鳥は心の中でほくそ笑む。
当然だ。おれの精神属性はE+(プラス)、感知能力はE級異態者の中でもトップクラスなのだから。
それに加えて、神スキル【Gスポット洞察】の補助もある。
この程度の低劣な擬態を見破ることなど、造作もない。
「聖獣教の畜生どもめ、寄生型の異獣をここまで持ち込んでいたなんて!」
落ち着きを取り戻したレイナの顔が、怒りで青ざめる。
銃を握る手には青筋が浮かんでいた。
今この瞬間も。
地下バー『ナイト・フェロウ』の重厚な扉は開け放たれ、いつの間にか重金属音楽は止んでいた。
それはまるで、獲物が自ら飛び込んでくるのを待つ巨大な獣の口のようだ。
飛鳥は【黒影】に付着した粘液を振り払い、レイナに向き直る。
「作戦は続行ですか?」
レイナは黒々とした入り口をじっと見つめ、一瞬躊躇した。
だが、すぐに覚悟を決めて歯を食いしばる。
「……こちらの存在はバレている。中には罠が仕掛けられている可能性が高いわね」
彼女は眉を深く寄せた。
「でも、ここで引き下がればターゲットを次いつ捕捉できるか分からない」
「現状から見て、目標が聖獣教の人間であることは明白。野に放てばリスクが大きすぎるわ」
「この寄生異獣が拡散すれば、第五区全体が陥落しかねない!」
それを聞いた飛鳥は、豪快に笑い飛ばした。
「ハハハハ! 言うじゃねえか」
彼はロングコートの襟をはだけさせ、鍛え上げられた胸板をさらけ出す。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。なら、正面からぶち破るまでだろ!」
飛鳥は内心で歓喜していた。
バーの中には確実に『大物』が潜んでいる。
ここで一気に染色体を稼ぎ、次のレベルアップへの足掛かりにする絶好の機会だ。
「ええ、望むところよ!」
レイナが車椅子の操作パネルにある武器のインジケーターをすべて点灯させた。
そのままレバーを押し込み、先陣を切ってバーへと突入する。
飛鳥も黒影を手に、その後に続いた!
残されたのは陶山 佳織ただ一人。
彼女は暗い路地のゴミ箱の横で、ガタガタと震えながら蹲っていた。
……
ドンッ!
重い扉が蹴り開けられた。
飛鳥とレイナが雪崩のごとく『ナイト・フェロウ』の店内へ侵入する。
店内は薄暗い。
通気口から流れる風の音すら聞こえるほど、静まり返っている。
カウンターは倒れ、スツールは粉々に砕け散っていた。
床一面には粘り気のある暗赤色の液体が広がり、踏みしめるたびに不快な糸を引く。
パチッ。
二人が足を踏み入れて数秒後、バーの照明が一斉に点灯した。
眩いスポットライトが闇を切り裂き、中央のステージを直射する。
『ザー……』
次の瞬間。
スピーカーから、どこか嘲笑うような女の声が流れてきた。
『ようこそ、お二人さん。どうか早まらないで、まずは武器を収めてちょうだい』
『さもないと……この子たちの命の保証はないわよ?』
二人が顔を上げると。
ステージの中央には、露出度の高い服を纏った女たちが、恐怖に震えながら蹲っていた。
そして彼女たちを取り囲むように、半分ほど赤いヒルを口から吐き出し、白目を剥いた五人の女が立っている。
あまりにも不気味な光景だ。
「人質? ……これは厄介ね」
レイナは車椅子のレバーを指で叩き、苦虫を噛み潰したような顔をした。
人質を盾に取られるのは、防衛軍にとって最も避けたい事態だ。
民間人に傷を負わせれば、明日には第七駐屯所に軍事法廷からの召喚状が届く。
しかし。
隣に立つ飛鳥の瞳には、妖しいピンク色の光が宿っていた。
【Gスポット洞察】でステージを素早くスキャンした飛鳥は、突然大笑いし始めた。
「笑わせるな。人質を盾に取ったつもりか。おれに命令できると思うなよ!」
レイナが反応するより早く、飛鳥の脚が爆発的な力を生む。
彼は閃光のような速さでステージへと突進した!
「待っ……」
レイナの制止も虚しく、スピーカーから再び女の声が響く。
『フン、見破られたか。――やりなさい!』
その合図と共に。
震えていたはずの『人質』たちが一斉に立ち上がった。
顎がバキリと外れ、口が耳元まで裂ける。
そして、数十匹もの太いヒルが矢のような勢いで彼女たちの口から飛び出した!
生臭い風を巻き起こしながら、襲い来る飛鳥へと殺到する。
その光景に、レイナの背筋に冷たい汗が流れた。
「なるほど……最初から生きた人間なんていなかったのね!」
その通りだ。飛鳥は洞察スキルによって一瞬で偽装を見抜いていた。
このバーにいた女たちは、すでに全員が異獣の寄生苗床と化していたのだ!
前方から飛来する青いヒルを睨み、飛鳥は叫んだ。
「レイナさん、中のY型異獣は任せます!」
言いながら、彼は身体を捻って青いヒルを回避する。
異獣が跋扈するこの世界において、X型とY型は基本的に相容れない存在だ。
だがこの教団の連中は、二種類の異獣を一つの罠に混在させていた!
「了解!」
レイナが頷き、車椅子を加速させる。
襲いかかるヒルの大軍に対し、飛鳥はまさに羊の群れに放たれた猛虎だった。
握りしめた【黒影】を一閃させる。
プシュッ!
三匹のX型ヒルが彼に飛びかかろうとした瞬間、巨大な釘バットの直撃を受けた。
それらはハンマーで叩き潰されたトマトのように一瞬で四散し、おぞましい肉片が床を汚した。
ドォン! カッ! ズドォォン!
五分も経たぬうちに、ヒルはことごとく殲滅された。
辺りには無残な肉片と緑色の粘液が散乱している。
飛鳥は黒影を下げ、少し離れた場所にいるレイナに目をやった。
見ると、彼女の肩には蝙蝠のような形の生物が止まっている。
それは全身が暗赤色で目がなく、異様に発達した一対の耳を持っていた。
その小さな生き物は微弱な超音波を発しながら、レイナの肩の上でピクピクと跳ねている。
飛鳥の視線に気づいたレイナは、愛おしそうにその頭を撫でた。
「これは私の異武、『音蝠』よ」
飛鳥は意外そうに眉を上げた。
生物系の異武か。
それは珍しい。
学園の理論講義で習ったことがある。
異武はX型とY型に分類されるほか、その能力によって五つのカテゴリーに分けられる。
生物系、物理系、精神系、元素系、そして特殊系だ。
例えば、飛鳥の【黒影】や九条 凛の【白鷺】は物理系に属し、最も一般的な種類だ。
対して、独立した生命反応を持つ生物系異武は極めて希少であり、その珍しさは特殊系に次ぐと言われている。
飛鳥は足元の肉塊に歩み寄り、バットの先で青い残骸を突っついた。
「妙ですね……女性の体にはY染色体がないはずだ。なのに、どうしてY型異獣に寄生されているんだ?」
これは常識に反している。
異獣の狩りは、常に標的が持つ染色体に基づいている。
X型異獣は主に女性を狩るが、稀に男性も襲う。
だが、Y型異獣は男性しか狩らない。
女性には標的となるY染色体が存在しないからだ。
レイナが車椅子を寄せ、険しい表情を浮かべた。
「確かに奇妙ね。情報によれば、聖獣教はX派とY派の二つの派閥に分かれているわ」
「異獣と同じで、両派の仲は決して良くない。それぞれが独立して活動し、協力するのも対応する型の異獣だけのはず」
彼女は語るほどに眉間のシワを深くした。
「なのに今回は手を組んでいるばかりか、未知の手法を使って、Y型異獣を強引に女性の体内に寄生させている……」
言い終えると、彼女はバーの奥を見据えた。
「さっきの放送からして、ターゲットはPAルーム(音響室)にいるはずよ」
「あいつを捕まえれば、すべてがはっきりするわ」
……




