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027 一目で人間じゃないと見抜いた

真夜中。


廃墟と化した公園の片隅。


枯れ木に囲まれた場所に、半球状のシールドが展開され、外部からの探査を完全に遮断していた。


これは防衛軍から六道りくどう 飛鳥あすかに支給された任務用の遮蔽装置だが、彼はそれを私物化し、公園周辺のアイロスレーダーを無力化するために使っていた。


遮蔽フィールドの中では、二つの人影が慌ただしく動いていた。


「はぁ……はぁ……もう、無理……」


「まだ始めてからどれくらいだ。根性見せろ」


「本当……本当にもうダメ……」


「おれはまだ本気も出してないぞ。シャキッと立ってろ」


「無理だって言ってるでしょ!」


九条くじょう りんが勢いよく立ち上がり、飛鳥に向かって怒鳴り散らした。


「規制級の極秘資料があるっていうから期待したのに、まさかこれのことだったなんて!」


そこには。


飛鳥が、一物も纏わぬ姿で凛の前に立っていた。


夜風が彼の引き締まった筋肉をなでる。


その堂々たる姿は、もはや清々しいほどに破廉恥だった。


飛鳥は両手を広げ、至極まっとうなことを言うように言い放つ。


「この『生きた規制資料』であるおれ以上に、効果的な教材がどこにあるってんだ?」


「お前は今、スランプに陥っている。必要なのは、より強い刺激だ」


凛は顔を真っ赤にし、視線を激しく泳がせる。


「あんたの裸なんて、昔から腐るほど見てきたわよ! 今更こんなの、役に立つわけないじゃない!」


飛鳥はニヤリと笑い、白い歯を見せた。


「役に立たない? 反応を見る限り、そうは思えないがな」


「忘れんなよ。昔のお前は『ついてた』が、今は……女なんだぜ」


その言葉に、凛の身体が強張った。


確かに。


飛鳥が服を脱ぎ捨てた瞬間、彼女の体内ではかつてないほどの鼓動が跳ねたのだ。


それは未知で、そして危険な感覚だった。


「それに、おれの手段はこれだけじゃない」


飛鳥は不敵な笑みを浮かべ、じりじりと距離を詰める。


凛は胸元を両手で隠し、後ずさりした。


「な、なにする気……?」


だが、飛鳥は逃げる隙を与えない。


長い腕を伸ばして凛の手首を掴むと、そのまま強引に抱き寄せた。


互いの吐息が混じり合う。


飛鳥は頭を下げ、熱を帯びた凛の耳元に唇を寄せると、視覚に訴えかけるような濃密な官能の言葉を囁き始めた。


下層区で最も売れている官能小説家「劉備リウ・ベイ」として活動する彼にとって、この手の語り口はお家芸だ。


千錬万鍛された語彙、一線を越えたシチュエーション描写、魂を揺さぶる感官的刺激。


彼の声に乗せられたそれらは、強心剤のように凛の脳内へ直接流し込まれていく。


聞いた瞬間、凛の全身に電流が走った。


澄んでいた瞳はたちまち潤み、頬は血が滴りそうなほどに赤く染まる。


呼吸は完全に乱れ、下腹部から突き上げるような熱い衝動が脳天を突き抜けた。


腕の中で崩れ落ちそうになっている凛を見て、飛鳥の口角が満足げに上がる。


ふと傍らの遮蔽装置に目をやると、インジケーターが幽かに明滅していた。


防衛軍の高級品は流石の性能だ。


内部のアイロス波動は臨界値を突破しているというのに、外の世界は平穏そのものだった。


その時、凛はどうにか正気を取り戻した。


舌先を噛み、その痛みで飛鳥の腕から逃れる。


「ふざけないで!」


耳を抑え、目を潤ませる凛。


飛鳥は笑みを消し、真剣な表情に戻った。


「ふざけてるだと? おれは至って真面目に特訓してるんだ。お前だって、退学はしたくないだろう?」


「退学」という言葉に、凛は言葉を失った。


それを見た飛鳥は、パンと手を叩く。


「なら続けようぜ。夜はまだ長いんだ」


飛鳥は、凛の強情な瞳を見つめる。


何としても、彼女を覚醒テストに合格させなければならない。


もちろん、万が一失敗した時の「プランB」も用意してある。


彼女を虎の口に放り込むような真似は、絶対にさせない。


……


時刻は午後10時。任務の開始時刻だ。


第五区の境界、ネオンが明滅する雑多な通り。


地下バー「ナイト・フェロウ」から50メートルほど離れた暗い路地に、三人の影があった。


飛鳥は今日もいつもの「謎の男」の格好――黒いロングコートにフルフェイスのヘルメット姿だ。


彼はコートのジッパーを下げ、熱を逃がしながら尋ねた。


「レイナさん、始めますか?」


車椅子に座ったレイナが、タブレットから目を離す。


「ええ」


彼女は頷いた。


「監視カメラの映像によれば、ターゲットは先ほど中に入った。読み通りね」


そう言いながら、腰から無骨な充電式ピストルを引き抜き、スライドを引く。


「計画通り、まずは私が単独で潜入してターゲットを探す。あなたたちはここで伏せて、逃走を阻止して」


「調査では、このバーの出入り口は一つだけよ」


飛鳥と陶山すやま 佳織かおりは無言で頷いた。


飛鳥は壁に背を預け、佳織はノートパソコンを抱え込み、ゴミ箱の横で空気になろうと身を縮めている。


「ふぅ――」


深く息を吐き、レイナはジョイスティックを操作してバーの入り口へと車椅子を走らせた。


ドンドン、と腹に響く重低音。


防音仕様の金属ドアから漏れ出す重金属音楽。


レイナがドアノブに手をかけようとした、その時だった。


ドォン!


バーの扉が内側から激しく弾け飛んだ。


露出度の高い服を着た女が、腰を抜かしたような格好で転がり出てくる。


「逃げて! 中に異獣モンスターが……!」


女が金切声を上げた。


レイナの目が鋭くなり、指が引き金にかかる。


しかし、彼女が動くよりも早く――。


ヒュオッ!


背後から空を裂く音が響き、レイナの頭すれすれを巨大な影が通り過ぎた。


黒影くろかげ】だ!


巨大な釘バットが黒い閃電と化し、逃げてきた女の顔面に寸分の狂いなく命中した。


グシャッ!


女の頭部は熟れたスイカのように粉砕され、紅白の飛沫が周囲に飛び散る。


首を失った死体は慣性で二、三歩進んだ後、無残に崩れ落ちた。


レイナが驚愕して振り返る。


そこには、悠然とした足取りで歩いてくる飛鳥の姿があった。


彼はレイナを追い越し、女の死体の前で屈むと、地面に突き刺さった黒影を拾い上げた。


先ほどの一撃は、飛鳥が投げつけたものだった。


黒影の投擲だけで、彼は女を瞬殺したのだ。


レイナは眉をひそめた。


街中で公然と民間人を殺害するなど、軍法会議ものの重罪だ。


彼女が飛鳥の狂気を問い詰めようとした、その瞬間。


地面に転がっていた「死体」が、ビクンと跳ねた。


ミシミシという嫌な肉の裂ける音と共に、切断された首の断面から暗褐色の紐状の何かが這い出してきたのだ。


それは大人の腕ほどの太さがあり、全身が粘液でベタついている。


先端には無数の細かい牙が並んだ吸盤状の口があり、まるで巨大化したヒルのようだった。


それが下水溝の隙間へ逃げ込もうとした瞬間。


飛鳥は黒影を高く振り上げ、一気に叩きつけた。


ドォン!


凄まじい衝撃が地面の石畳ごとそれを粉砕する。


ヒルは緑色の膿となって地面に飛び散り、跡形もなくなった。


飛鳥は黒影を肩に担ぎ直し、レイナに向かってニヤリと笑いかけた。


「一目で分かったんですよ。――こいつは、人間じゃないってね」


……

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