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029 昇天

ドォン!


六道りくどう 飛鳥あすかが、VIP個室のドアを力任せに蹴り開けた。


目に飛び込んできたのは、ピンク色のホログラム照明、巨大なウォーターベッド、そして壁に掛けられた直視に堪えない数々の淫らな道具。


飛鳥とレイナは、一瞬視線を交わした。


男女が完全に分断され、息の詰まるような抑圧が支配するこの世界において、同性同士で欲を吐き出すためのこうした地下施設は、異獣モンスターにとって最も肥えた「食べ放題会場」に他ならない。


「これじゃあ、寄生体がうじゃうじゃいるのも納得だな」


飛鳥は忌々しげに吐き捨てた。


ほどなくして、二人はPAルーム(音響室)へとたどり着いた。


扉はわずかに開いている。


飛鳥は【黒影くろかげ】を胸に構え、勢いよく突入した。


だが、室内を見渡してもユリの姿はどこにもなかった。


ミキサー卓の上ではマイクがオンになったままで、その横にはボイスチェンジャーが置かれている。


古い再生機からは、先ほど流れた録音音声が虚しく繰り返されていた。


「チッ、踊らされたか」


飛鳥が毒づく。


レイナが上方に目を向けると、天井に四角い穴が開いていた。


通気口を塞いでいた金属製のルーバーが強引に引き剥がされ、その縁には衣服の繊維がこびりついている。


「ターゲットは通気口から逃げたようね。でも、まだ遠くへは行っていないはず。追うわよ!」


……


バーの外には、涼やかな夜風が吹いていた。


表に出るなり、レイナは肩に乗っていた音蝠おんぷくを放った。


「キィーッ!」


音蝠は黒い閃光となって夜空へ消える。


飛行しながら高周波の超音波を放ち、周囲数ブロックをスキャンしていく。


同時に、飛鳥たちは路地の陶山すやま 佳織かおりのもとへ戻った。


無事に戻ってきた二人を見て、ゴミ箱の横で震えていた佳織は泣き出しそうな顔を浮かべる。


「ターゲットが逃げたわ。佳織、周辺の監視ドローンの権限を徴用して捜索を開始して。私たちは車で追うわよ」


「は、はいっ!」


佳織は必死に頷くと、数十メートル先に停めてあったバンを走らせてきた。


一見、ボロい中古車に見える黒いバンは、防衛軍の偽装車両だ。


外見とは裏腹に、内部には最新鋭のハイテク機器が詰め込まれている。


三人が乗り込むと、佳織は即座にモニターを操作し始めた。


画面上では、数百もの監視カメラの映像が超高速で切り替わっていく。


「いない……幹線道路にはいません。路地のほうも……ダメです」


一分が経過した。


佳織の額に脂汗がにじむが、依然としてターゲットは捕捉できない。


「あのアマ、ネズミの仲間か何かか? 隠れるのだけは一人前だな」


飛鳥は助手席に座り、苛立たしげに窓枠を指で叩いた。


その時だった。


レイナが閉じていた目を見開く。


彼女と異武バリアント・ウェポンの間には特殊な精神リンクがあるのだ。


「音蝠がターゲットを見つけたわ!」


レイナは前方の暗闇を指さし、鋭く叫んだ。


「出して! 近道して先回りするわよ!」


佳織は指示に従い、一気にアクセルを踏み込んだ。


ヴォォォォン!


バンのエンジンが野獣のような咆哮を上げ、タイヤがアスファルトを激しく削り、鼻を突く青煙を上げる。


次の瞬間、車は放たれた矢のように急加速した。


普段は重度の対人恐怖症(コミュ障)である佳織だが、ハンドルを握ると別人のように豹変する。


ドリフト、スピンターン、逆走。


彼女は古びたバンを、まるで装甲車のように狂暴に操ってみせた。


飛鳥は窓から放り出されないよう、必死でアシストグリップを掴んでいた。


キィィィーッ!


迷路のような道を抜けた先、車は狭い路地の入り口で急停車した。


ドアが開き、レイナが佳織に告げる。


「あなたはここで待機。もし30分経っても戻らなければ、すぐに支援を呼んでここを離れなさい」


「わ、分かりました……皆さんも気をつけて!」


佳織は固唾を呑み、内側からロックをかけた。


……


そこは、高くそびえ立つビル群に挟まれた、光の届かない深い路地だった。


飛鳥たちは200メートルほど走り、分かれ道に差し掛かった。


レイナは音蝠の位置を感知し、指示を出す。


「ターゲットはこちらに向かっているわ。あなたは反対側から回り込んで。挟み撃ちにするわよ!」


飛鳥は短く頷くと、迷いなく右側の細道へと駆け出した。


しばらく走ると、前方から切迫した足音が聞こえてくる。


パチャッ! パチャッ! パチャッ!


水溜まりを跳ね飛ばす、荒く、重い足音だ。


飛鳥は素早く変電箱の影に身を隠し、様子を伺った。


角から一人の人影が飛び出してくる。


ターゲット――ユリだ。


その後方からは、レイナの車椅子がまるで暴走する戦車のような勢いで猛追している。


黒いタイトなスーツに身を包んだユリの短い髪は乱れ、肩で激しく息をしていた。


その瞳には、窮地に追い込まれた者の狂気が宿っている。


彼女が角を曲がった瞬間。


飛鳥は変電箱の影から躍り出し、鉄塔のように路地の中央に立ちはだかった。


不意に現れた飛鳥を見て、ユリは目を見開き、強引にブレーキをかけた。


前には猛虎、後ろには追手。


もはや袋のネズミだ。


キリリッ――。


追いついたレイナの車椅子が火花を散らして急停止し、二挺のミニガンがユリを完全にロックオンした。


「ユリ、もう逃げ場はないわ! おとなしく投降して、防衛軍の取り調べを受けなさい!」


冷徹な声が路地に響き渡る。


だが、銃口と飛鳥の巨大な釘バットを前にしても、ユリの顔に恐怖の色はなかった。


それどころか、彼女の肩が激しく震え始める。


「ふふ……あはははは!」


ユリは天を仰ぎ、ひきつけを起こしたような高笑いを上げた。


「取り調べ? 肉体という名の牢獄に囚われた哀れな虫けらどもが、私を裁こうなんて……!」


彼女は飛鳥を睨みつけ、狂気に満ちた笑みを深める。


「いい感じ……素晴らしい生贄になりそうね」


「神よ、見ていてください。私、ユリは――今日ここで、昇天いたします!」


その言葉が終わるや否や、戦慄の光景が始まった。


ユリの身体が感電したかのように激しく痙攣し、白目を剥いた口角から粘り気のある涎が溢れ出す。


絶体絶命の窮地、目前に迫る死。


それというのに、彼女の顔にはこの世のものとは思えないほどの幸福と、昂揚感が満ち溢れていた。


それはまるで、禁断の薬物に溺れ、悦楽の頂点に達した中毒者のようだった。


「まずい、来るわ!」


レイナの顔色が変わり、迷わず引き金を引き絞った。


ドォン!


銃弾がユリの肩を撃ち抜き、焦げた血穴を穿つ。


しかし、ユリは眉一つ動かさない。


もはや痛覚すら消失しているのだ。


次の瞬間。


メリメリッ、ベチャッ!


耳を塞ぎたくなるような肉の裂ける音が路地に炸裂した。


彼女の腹部が風船のように膨れ上がり、衣服の繊維が一本ずつ弾け飛ぶ。


そして。


水瓶ほどもある巨大な、全身粘液まみれの紫紅色のヒルが、彼女の腹を突き破って出現した!


鮮血、内臓、砕けた骨が路地の壁にぶちまけられ、凄惨な血の雨が降り注ぐ。


「ギシャァァァァァッ!!!」


ユリだったものの残骸が地面に崩れ落ちる中、鮮血に濡れた巨大なヒルが、鼓膜を震わせるほどの咆哮を上げた。


……

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