024 退学?
「怖すぎる……?」
飛鳥の口角が、思わず引きつった。
(なんだそのリアクションは。俺はそんなに人食い怪物みたいな面してるか?)
そんな様子を見て、車椅子の女性は困ったように眉間を揉んだ。
彼女は飛鳥に向き直ると、申し訳なさそうな視線を向ける。
「ごめんなさいね。この子は生まれてこのかた、本物の男の人を間近で見るのが初めてなの。少し……いえ、かなり怯えているだけよ」
飛鳥はソファまで歩くと、ドカリと豪快に腰を下ろし、気に留める風もなく手を振った。
「構わないさ、理解はしてる。……このクソったれな世界じゃ、実物を見たことがない奴なんてザラにいるからな」
飛鳥は足を組み、リラックスした姿勢をとる。
その拍子にコートの裾がわずかに開き、鍛えられたふくらはぎが覗いた。
車椅子の女性の視線が一瞬そこに止まり、彼女は眉を上げると、意味深な笑みを浮かべた。
「ねえ、そこのお兄さん。その格好、窮屈じゃない? こんな暑い日にそんなに着込んで……。でも、中は結構……『風通し』が良さそうね?」
飛鳥は顔色一つ変えず、平然と応じた。
「ああ、羅川の面の皮が厚い……じゃなくて、あの『鉄仮面』がうるさくてな。男だって正体を隠せ、女区の検問は厳しい、なんて抜かしやがるから、いっそのこと完璧に隠してやろうと思ったのさ」
「鉄仮面?」
女性は思わず「ぷっ」と吹き出した。
「くすくす……羅川少佐をそんな風に呼ぶのは、あなたが初めてだわ。でも、言い得て妙ね。あの無愛想な顔は確かに冷たい鉄の塊みたいだもの」
ひとしきり笑うと、彼女の表情は次第に真剣なものへと変わった。
「さて、チームメイトになったことだし、まずは自己紹介をしましょうか。私はレイナ。あなたと同じ、E級の異態者よ。今回の作戦では、主にY型異獣の討伐を担当するわ」
そう言って、レイナは車椅子の扶手を叩いた。
「私の後ろにいるのは陶山 佳織。一般人よ。防衛軍情報科の分析官で、今回の任務では情報の収集、解析、ハッキング全般を担当してもらう。いわゆるサポートメンバーね」
サポート、か。
その言葉を聞いて、飛鳥の脳裏には昨日、演習場で「異獣を殲滅する」と息巻いていた少年の姿が浮かんだ。
佐藤 陽。
昨日、あいつを相棒にしてやろうと決めかけていた矢先、学園長が横槍を入れて俺を特別行動小隊に放り込みやがった。
おかげで使い勝手の良さそうな『道具』はいなくなり、代わりに男を見ただけで腰を抜かすような「恐男少女」と組む羽目になるとは。
……全くだ。
「オーケー。レイさん、それでどこから調査を始める? あのユリって女の足取りは掴めてるのか?」
「ええ」
レイナは頷き、背後を振り返った。
「佳織、昨晩徹夜でまとめた分析レポートを説明して」
だが佳織は依然として車椅子の後ろに隠れ、死んでも出てこようとしない。
結局、レイナに無理やり腕を引っ張られ、嫌々ながらもテーブルの横まで這い出してきた。
佳織は深く息を吸い込むと、黒いノートパソコンをテーブルに置いた。
画面を開くと、複雑なエリアマップと無数の赤いドットが映し出される。
「こ、ここ数日の……街の監視カメラ、および通信基地局のログデータを解析した結果……」
佳織はうつむいたまま、飛鳥と目を合わせないようにしながら、テープが絡まった録音機のような、しどろもどろな声で続けた。
「た、ターゲットであるユリは……このエリアの『第二通り』に、二度姿を現しています。二度とも、場所はこの……『ナイト・フェロウ』という地下バーです」
彼女がキーを叩くと、二枚の不鮮明な監視カメラの画像が表示された。
「時間は、先週の土曜と……先々週の土曜の深夜です。彼女は反偵察能力が極めて高く、主要な監視網をすべて回避しています」
自分の専門分野の話になると、佳織の口調はわずかに速くなった。
だが、顔は上げない。
「行動ロジックのアルゴリズムから推測するに、彼女がそのバーへ行く目的は、定期的な接触、あるいは何らかの取引である確率が高いです。」
「それに、資料によればそのバーは、裏で違法な特殊サービスを提供している疑いがあります。……以上のことから、彼女は明日の土曜の夜、再びそこに現れる可能性が80%以上あると判断しました」
「その通りよ」
レイナが画面を閉じ、言葉を引き継ぐ。
「だから、私たちの作戦は単純。明日の夜、『ナイト・フェロウ』の周辺を封鎖し、伏兵を置く」
彼女の瞳が鋭く光った。
「彼女が姿を現し次第、たとえ街を一つ壊してでも、生け捕りにするわ。彼女の背後に本当に『聖獣教』がいるのか、吐かせてやるの」
飛鳥は顎をさすりながら、納得したように頷いた。
「なるほどな。了解だ。要は明日、そこで待ち伏せして袋のネズミにするってことだな」
飛鳥は視線を上げ、何気なくレイナの乗っている重厚な機械式車椅子に目をやった。
これだけの代物だ。
造価は相当なものだろう。
探るような飛鳥の視線に気づいたのか、レイナは自嘲気味に笑った。
「どう? 私の足が気になる?」
彼女は自分の両足を叩いた。
「学園の理論講義で習ったでしょう? 異態者の力は性染色体の異常から生まれる。私のような……三本のX染色体を持つ『XXX型』の異態者は、X型異武を扱う上で高い適性を持つ反面……」
言葉の途中で、レイナの瞳にわずかな陰りが差した。
「代償として、身体機能が著しく低下する。私たちの体は、普通の人よりもずっと脆いのよ。」
「そして私は、その中でも特に『当たり』を引いちゃった方でね。下半身は完全に麻痺していて、この車椅子なしでは動くこともできないわ」
飛鳥は視線を戻し、心の中で頷いた。
異獣が現れる以前の世界なら、染色体異常は負の側面しかなかった。
今でもなお、多くの異態者が病と苦痛に苛まれているのは事実だ。
……
午後二時。
飛鳥は再びヘルメットを被り、黒い防風コートで全身を包んでカフェを出た。
「ったく、明日の夜までお預けかよ」
賑やかな通りを歩きながら、飛鳥は内心で葛藤していた。
時間はたっぷりある。無駄にするのは性分に合わない。
いっそのこと、どこか静かな角で、この死に体の女区にささやかな「自♂由の震撼」を届けてやろうか……。
――ブーッ! ブーッ!
その時、飛鳥のポケットにあるスマートフォンが激しく振動した。
取り出してみると、画面には一通の新着メッセージが表示されている。
送信者:【凛】
飛鳥は眉を上げた。
あいつが異武を半壊させ、女子校区へ強制転校させられて以来、向こうから連絡が来たのはこれが初めてだ。
画面をスライドさせる。
そこには、たった一行。
だが、濃密な絶望と死の気配を孕んだ言葉が記されていた。
『今回……私、本当に退学しなきゃいけないかもしれない』
……




