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023 男なんて怖すぎる

その日の正午。


銀灰色の巨大な金属門の前。


検問所のゲートに立つ二人の衛兵は、眉間に深い皺を寄せていた。


彼らは手元にある、偽造防止のブルーライトが点滅する銀色のパスと、ゲートの向こう側に立つ人物を交互に見比べた。


真夏の太陽が照りつけ、気温は35度近くまで上がっている。


だというのに、目の前に立つ男は――。


頭部を完全に覆う真っ黒なフルフェイスヘルメットを被り、足首まで届く黒のロングコートに身を包んでいた。


その姿は、下層街アンダーで禁制品を流している闇商人よりも百倍は怪しい。


「パスは確かに防衛軍が発行したものだが……」


短髪の衛兵が不機嫌そうにカードを弄んだ。


「その格好、克制局こくせいきょくの検問条例を挑発しているのか?」


ヘルメットの奥から、こもった声が返ってくる。


「……長官、俺は幼い頃から重度の紫外線アレルギーなんですよ。光を浴びれば死ぬんです」


羅川らがわ少佐直々の極秘任務を完遂するためには、こうするしかなかった。……勘弁してくださいよ」


もちろん、この男――六道りくどう 飛鳥あすかは、単に格好をつけているわけではない。


昨日、別れ際に羅川少佐から、女性居住区に入る際は何が何でも男性であることを隠せと、耳にタコができるほど言い含められていたのだ。


システム上の通行許可は得ているものの、男の顔を晒して堂々と歩けば、神経衰弱気味な克制局の連中から余計なトラブルを吹っかけられるのは目に見えている。


だからこそ、家中のガラクタをひっくり返してこの装備を用意した。


ヘルメットで顔を隠し、コートで体型を隠す。


喉仏から体つきまで、男性特有の兆候を完璧に封じ込めたのである。


しかも、何より絶妙なのは……。


ヘルメットの下で、飛鳥の口角がニヤリと上がった。


コートの下は、一糸まとわぬ全裸フルオープン


そう、彼は下着すら履いていない「完全なる真空状態」で挑んでいた。


(これこそ天才の発想だぜ)


羅川の「正体を隠せ」という要求を満たしつつ、自身のニーズにも完璧に合致している。


万が一、突発的な事態が起きれば、コートのボタンを軽く弾くだけでいい。


0.1秒以内に、自身の「自♂由の姿」をこの世界に惜しげもなくさらけ出すことができるのだ。


染色体の収集効率も、これなら間違いなく無敵である。


衛兵たちは三十秒ほど飛鳥を凝視し、まるで精神異常者を見るような嫌悪の眼差しを向けた。


「……防衛軍も、最近はよほど人材に困っているようだな」


沈黙の後、短髪の衛兵は吐き捨てるように言うと、不承不承パスを読み取り機にかざした。


【ピッ――身元確認完了。入場を許可します】


ゲートが左右に滑り開く。


飛鳥は片手をポケットに突っ込み、傍若無人な足取りで、絶対隔離を象徴する警戒線を跨いだ。


一歩足を踏み入れた瞬間、空気の匂いが一変した。


男区特有の、汗臭さと安タバコが混じった刺激臭はない。


代わりに漂ってきたのは、シャンプーや香水、そして道端の草花が混じり合った、淡く清らかな香りだった。


通りの両側には店が立ち並び、街は人波で溢れている。すべてが女性だ。


タイトなスーツを着たキャリアウーマン、作業服姿の労働者、そして数人で連れ立って歩く色鮮やかなスカート姿の少女たち。


飛鳥は道の端を歩きながら、ヘルメットのシールド越しに、目玉が飛び出しそうなほど周囲を観察した。


(おいおい、マジかよ……)


思わず生唾を飲み込む。


長年、同居人の九条くじょう りん以外の「本物の女」など、現実で見たことがなかったのだ。


眩しいほどの白い脚、しなやかな腰、男区では絶対にお目にかかれない光景の数々が、津波のように彼の五感を揺さぶる。


(落ち着け、落ち着け俺……)


心の中で必死に念仏を唱える。


(今ここでコートを広げりゃ、染色体は爆発的に稼げるだろうが……その後の人生は克制局の独房行き確定だからな)


彼は胸の昂ぶりを抑え込み、周囲からの奇妙な視線を無視して、羅川から送られてきた座標を確認した。


……


十分後。


飛鳥はある店舗の前で足を止めた。


看板には、華やかな書体でこう記されている。


【カフェ・ナイチンゲール】


資源が枯渇し、合成食品すら配給制となっているこのフェルムにおいて、こうした場所は極上の贅沢品だ。


特権を持つ高等市民だけが、本物のコーヒー豆を味わう権利を持っている。


飛鳥がガラス扉を押し開けると、ドアベルがチリンと澄んだ音を立てた。


客たちの囁き声を無視してカウンターへ歩み寄り、天板を軽く叩く。


店主が声をかける前に、彼は声を低めて一言だけ告げた。


「201号室。ブラックコーヒーだ」


店主は通報ボタンにかけようとしていた手を止め、すぐさま職業的な笑みを浮かべた。


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


……


二階の廊下の突き当たり、201号室。


室内には、二人の女性がいた。


一人は、サイバーパンクなデザインの機械式車椅子に深く身を預けている。


肩まで届く長い黒髪、冷艶な美貌の持ち主だ。


襟元を押し上げんばかりの驚異的なボリューム感の胸元が、強烈な視覚的インパクトを放っている。


そして部屋の隅にいるもう一人は、お下げ髪に黒縁メガネをかけた、いかにも気が弱そうな少女だった。


「あぁっ!」


飛鳥が足を踏み入れるなり、隅のメガネ娘が悲鳴を上げた。


幽霊でも見たかのように椅子から飛び起きると、車椅子の背後に潜り込み、震えながらこちらを見ている。


車椅子の黒髪女性も、その瞳を瞬時に冷たく燃え上がらせた。


彼女が右手を素早くアームレストの赤いボタンに叩きつけると、ガシャガシャと音を立てて車椅子の両側面から装甲板が展開した。


中から二挺の小型機関銃が飛び出し、銃口を飛鳥の顔面へと突きつける。


部屋の温度が一気に氷点下まで下がったようだ。


無理もない、変質的な殺人鬼のような格好の男が突然現れれば、誰だって警戒する。


飛鳥はすぐさま両手を上げ、敵意がないことを示した。


「落ち着けよ、味方だ」


ヘルメット越しに声を出す。


「不審者じゃないぜ。羅川少佐に派遣された、六道 飛鳥だ」


「羅川少佐」の名を聞き、黒髪女性の肩からわずかに力が抜けた。


「ヘルメットを脱ぎなさい」


飛鳥は背後で扉を閉めてロックすると、顎のバックルを外し、両手でヘルメットを引き抜いた。


「ふぅ……」


飛鳥の素顔を確認すると、黒髪女性は長く息を吐き出した。


彼女が指先で操作パネルをなぞると、機関銃は再び装甲の中へと収まった。


「……大丈夫よ、出てきなさい」


彼女は車椅子の背もたれを叩き、後ろに隠れている少女に言った。


「人違いじゃないわ。上から派遣された増援よ」


その言葉に、メガネ娘がおずおずと頭半分だけを覗かせる。


「ひいぃっ!」


だが、飛鳥と視線が合ったのはわずか一秒。


彼女は驚いたモグラのように短く悲鳴を上げ、再び車椅子の後ろへ頭を引っ込めてしまった。


「お、男の人……本物の男の人だ……怖すぎるぅ……」


……

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