022 女性居住区
「女……?」
飛鳥は身を乗り出し、机の上の写真を手に取ってまじまじと見つめた。
写真に写っている女は、さっぱりとしたショートヘアで、顔立ちは極めて端正だ。
男に引けを取らない凛々(りり)しさが漂っている。
ゆったりとした服を着てはいるが、その下にある隠しきれない曲線美が、彼女の魅力の底知れなさを物語っていた。
「かなりの逸材だな。……けどさ」
飛鳥は写真を置き、眉をひそめた。
「少佐、こんな広い都市で、どうやって彼女を見つけろってんだ? 俺は戦闘員であって、パパラッチや探偵じゃないんだぜ。異獣をぶちのめすならお安い御用だが、人探しは専門外だ」
「その心配は無用だ。最後まで聞け」
羅川は左手で机を叩いた。
「極めて重要な情報がある」
彼は言葉を切り、その口調は一層重々しいものへと変わった。
「彼女がたとえ聖獣教のメンバーでなかったとしても、克制局の危険度評価において、彼女は『最高ランク』に分類される。……なぜなら、彼女は同性愛者だからだ」
「ぶふっ!」
飛鳥は危うく吹き出しそうになった。
「同性愛者……?」
飛鳥の目元が痙攣する。
(おいおい、マジかよ……)
男女の接触が厳しく禁じられ、エロ本一冊で実刑を食らうこの異常な世界において、ホルモンのマッチング法則に縛られない同性愛という存在――。
その危険度は、前世で爆薬を背負ったテロリストをも凌駕する。
人間が発情すれば異獣が寄ってくる。だからこそ男女を隔離し、性的な興奮を徹底的に排除しているのだ。
それなのに、女同士や男同士で「身内消費」されては、この隔離政策そのものが台無しである。まさにシステムのバグだ。
「当初は克制局が彼女を追っていた」
羅川の顔が、今にも滴りそうなほど険しくなる。
「だが、この半月の間に、調査に向かった特工五名が全員、跡形もなく失踪した」
彼は現場検証の映像を壁に投影した。
映し出されたのは、薄暗い路地裏。
地面には引き裂かれた白い制服と、どろりとした赤い液体が散乱している。
骨の一片すら残っていない。
「現場のアイロス波動と腐食痕から見て、異獣の仕業なのは明白だ」
羅川の義眼が鋭く光る。
「都市の防壁内部で、これほど正確に異獣を操り暗殺を行えるのは、聖獣教の狂信者どもしかいない。解析の結果、潜伏先は第五区、第七区、第九区に絞り込まれた」
彼は地図上の赤い点を指差した。
「第七区と第九区には、既に他の小隊員を向かわせている。……そして貴様が行くのは、第五区の『女性居住区』だ」
「女性居住区だと!?」
飛鳥の目が輝き、心臓が不謹慎にも跳ね上がった。
なんてこった。
そこは都市における絶対的な「男の禁域」ではないか。
生まれてから一度も男を見たことがないような、うら若き乙女たちが数万人も住んでいる場所。
もしそこに入り込み、自由に振る舞うことができれば……。
(染色体が、決壊したダムの如く俺のパネルに流れ込んでくるんじゃねぇか!?)
ニヤける飛鳥を見て、羅川は冷ややかに鼻を鳴らした。
「薄汚い妄想は捨てろ。女区は克制局の重武装部隊が守り、最高レベルの監視網が張り巡らされている。貴様が中で不祥事を起こし、アイロス識別度が基準を超えて獣潮でも呼び寄せようものなら、その場で俺が貴様を射殺する」
彼は特製の銀色パスを机に叩きつけた。
「現地に案内役がいる。貴様の任務は探偵ごっこじゃない。ユリの周辺に現れるであろう、暗殺用のX型異獣をすべて排除することだ。武力行使による保障。……わかったか?」
「オーケー」
飛鳥はパスをひったくるように受け取り、獲物を見つけた野良犬のような笑みを浮かべた。
「任務、了解だ」
その後、羅川から「女性と身体接触してはならない」「女性の特定の部位を三秒以上注視してはならない」といった、気の遠くなるような禁忌事項を叩き込まれ、飛鳥はようやく解放されるようにオフィスを飛び出した。
……
ガラン、と重い鉄扉が閉まり、室内には死のような静寂が訪れた。
羅川は椅子に深く腰掛け、眉間を揉む。
その時だ。
空霊な女の声が、突如として彼の耳元で響いた。
『クスクス……。あのだらしない着こなしの男の子が、新しい「捨て駒」なの?』
その声は、羅川の脳細胞を直接なぞるかのように響き渡った。
『それも、また「原生代」なんて……』
羅川は驚く様子もなく、頭すら上げない。
ただ、誰もいない虚空に向かって、卑屈なまでに恭しい態度で応えた。
「致し方ありません。前回の者たちは死ぬのが早すぎた。上からの軍費も削られており、第二代は手が出ないのです。当面は、この安価な原生代で凌ぐしかありません」
羅川は嘆息混じりに続ける。
「熊田の狸爺が嘘を言っていないことを願うばかりです。あの一年生に、吹聴通りの実力があればいいのですが」
『ケタケタケタ……』
女の声が、妖艶な笑い声を上げる。
『それにしても少佐、あなたも残酷ね。入隊したばかりの新人に、いきなりあんな危険な任務を与えるなんて』
「これもテストです」
羅川の瞳に冷徹な光が宿る。
「もし彼がこの程度で死ぬようなら、熊田に返品を求め、ついでに多額の違約金をふっかける理由になりますからな」
『ええ、あなたの好きにすればいいわ』
女の声が、突如として氷点下まで冷え切った。それは羽虫に神託を授けるかのような響きだった。
『大事なのは、私たちの“偉大なる宿願”を妨げないこと。……わかっているわね?』
羅川は震え上がり、即座に立ち上がった。
右手の拳を胸に当て、深く、深く頭を下げる。
「心得ております」
彼の声は微かに震え、隠しきれない狂信的な熱を帯びていた。
「今しばらくの猶予を。誓って、あなたの期待を裏切ることはいたしません……」
……




