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018 学園長からの招待

「はあ……」


六道りくどう 飛鳥あすかは、呆気にとられて声を漏らした。


この学院において、上院と下院の関係は良好とは言い難い。


上院の面々は自らを「超凡者」と自負し、下院の一般人を見下している。


対する下院もまた、上院の連中を「鼻持ちならない病人共」として冷ややかな目で見ているのが常だ。


そのため、上下院を跨ぐチーム編成は従来、学院側が一方的に割り振るものであった。


下院の人間が自ら進んで「求職」にやってくるなど、前代未聞である。


「教務課の先生には、すでに申請を出してあります」


飛鳥に拒絶されるのを恐れるように、佐藤さとう ようが言葉を継いだ。


「昨日の実戦記録を考慮した特例として、上院への立ち入りと、あなたへの直接交渉の許可をいただきました」


飛鳥は顎をさすり、不意に人を食ったような嘲笑を浮かべた。


「はあ?そんな手間かけてまで俺に会いに来たってのか?」


彼は立ち上がり、尻についた砂を払うと、陽の目の前まで顔を寄せた。


「なあ相棒。お前、昨日の俺のパーフェクトな肉体を見て、惚れちまったんじゃないだろうな?」


「先に言っとくが、俺は生粋のノンケだ。フェンシングの趣味はねえぞ」


飛鳥の厚顔無恥な茶化しに対しても、陽の表情は微塵も動かなかった。


まるで感情のない石像のようだ。


「あなたは強い」


陽は飛鳥の軽口を無視し、一文字ずつ噛みしめるように言った。


「あなたの異武はあまりにも暴力的で、異獣の殺害効率が異常に高い」


「あなたについて行けば……」


そこまで言うと、陽の指先が無意識に痙攣し、腰の空っぽなホルスターへと伸びた。


「僕は、もっと多くの異獣を殺せる」


飛鳥の顔から薄笑いが消えた。


死気を含んだ陽の血走った瞳を眺め、彼は眉をひそめる。


「異獣を殺して、功勲を稼ぎたいってわけか?」


飛鳥は唇を尖らせた。


「そんなに急いで市民ランクを上げて、上層階で贅沢な暮らしでもしたいのかよ?」


この都市において、功勲こそがすべてだ。


異獣を殺せば殺すほど、得られる功勲は増える。


一定以上の功勲を得れば、「無籍者」から「準公民」、さらには三等、二等公民へと昇格できる。


これこそが、底辺に喘ぐ一般人が死に物狂いで下院を目指す唯一の動機であった。


しかし、陽は迷うことなく首を横に振った。


「違う」


地を這うような低い声は、何かどす黒い感情を押し殺しているかのようだった。


「市民ランクも、上層区の家も、配給物資も……そんなものは僕にとって、ただの糞だ」


陽がバッと顔を上げた瞬間、その死んだ魚のような瞳から、凄まじい殺意が放たれた。


「僕はただ、異獣を殺したいだけだ」


「あの吐き気のする畜生共を……一匹ずつ、皮を剥ぎ、肉を削ぎ落としてやりたい」


陽の呼吸が荒くなり、歯を食いしばる。


「一匹残らず、この世界から駆逐してやるんだ!」


「人類を、あんな壊れかけの鉄屑の箱に閉じ込めさせたりしない……」


「もう一度、人類が自分たちの足で、しっかりと本当の大地を踏みしめられるようにするんだ!」


風が吹き抜け、グラウンドの砂を巻き上げた。


狂信者にも似た平刈りの少年を見つめ、飛鳥の瞳が微かに揺れる。


(夢想家か?)


心の中でそう毒づいたが、すぐにその考えを否定した。


いや、この「生きたまま食らってやりたい」とさえ思わせる極限の憎悪は、空っぽなスローガンで偽装できるような代物ではない。


このガキ……どうやら訳ありのようだ。


「面白ぇじゃねえか」


飛鳥はゆっくりと立ち上がった。


死を恐れず、腕が立ち、信念の揺るがないサポーター。


いざという時に失禁して逃げ出すような無能に比べれば、何万倍もマシだ。


こういう奴こそ、肉壁……いや、信頼できるチームメイトとして最適といえる。


「いいぜ……」


飛鳥が承諾の返事をしようとした、その時だった。


雷鳴のような野太い怒声が、グラウンドの向こう側から轟いてきた。


「六道飛鳥!貴様、また不届きな真似をしているのか!」


飛鳥は耳をほじりながら振り返った。


そこには、見事な「落ち武者」ヘアを輝かせた中年の太った男が、小股で猛烈に走り寄ってくる姿があった。


教務課の厳主任である。


「よお、厳さんじゃねえか」


飛鳥は逃げるどころか、親しげに手を振った。


その口元には、見る者の神経を逆撫でするいつもの薄笑いが張り付いている。


「どうしたよ?何の風が吹いてあんたをここまで運んできたんだ?」


「今日はまだ何も『始めて』ねえぜ。ズボンのベルトもキッチリ締まってるしな」


謹慎室きんしんしつ送りなら、後でゆっくり俺の『ムスコ』を散歩させてからでもいいか?」


厳主任は飛鳥の前に辿り着いた時には、息も絶え絶えだった。


その言葉を聞いた瞬間、額の青筋が今にも破裂しそうなほどに跳ね上がった。


「貴様、減らず口を叩くな!」


厳主任は荒い呼吸を整え、目の前の若造を今すぐ絞め殺したい衝動を必死に抑え込み、険しい表情で睨みつけた。


「『ムスコ』の散歩などどうでもいい!」


彼は声を潜めて告げた。


「急いで支度をして私に来い。学園長が、お前を名指しでお呼びだ」


それを聞いた瞬間、飛鳥の不遜な笑みが半分ほど消えた。


彼はわずかに目を細め、瞳の奥に警戒の光を宿す。


学園長?


めったに表舞台に姿を見せず、新入生歓迎会で一度顔を拝んだきりの、あの老狐か。


(あのクソジジイ、何の用だ?まさか『劉備』の件がバレたか?それとも……)


昨日の実戦で、石田が自分を見た時の驚愕に満ちた表情が脳裏をよぎる。


(どうやら、昨日のはちょっと目立ちすぎたか)


(まあ仕方ねえ。俺に『能ある鷹は爪を隠す』なんて芸当は無理だったってことだ)


飛鳥は無駄な言葉を発しなかった。


木の枝にかけていた制服のジャケットを無造作に掴むと、肩に引っ掛けた。


そして、まだ状況が飲み込めていない陽に向かって指を鳴らす。


「サポーターの件は、戻ってからだ」


……


学園長室の前。


厳主任は足を止めた。


ハンカチで額を拭い、後ろに続く飛鳥を鋭く睨む。


「中に入ったら、そのふざけた口の利き方を直せ!」


「中におられるお方を怒らせてみろ、お前の命などいくらあっても足りんぞ!」


飛鳥は両手をポケットに突っ込み、相変わらずの不遜な態度を崩さない。


「分かってるって、厳さん。俺の仕事ぶりは知ってるだろ。あんたの顔はきっちり立ててやるよ」


厳主任はあまりの怒りに心筋梗塞を起こしそうになり、これ以上この問題児と関わるのを諦めた。


彼はドア脇の指紋認証パネルに手を当て、告げる。


「厳です。例の者を連れてまいりました」


カチャリ。


重厚な扉が左右へと滑り、中から葉巻の香りが漂ってきた。


厳主任は身を屈めて恭しく一礼すると、まるで疫病神から逃げるように、素早い足取りで廊下を去っていった。


飛鳥はふらふらとした足取りで、中へと足を踏み入れた。


巨大な掃き出し窓の前には、二人の男が立っていた。


一人は、嬲嫐学院の最高権力者。


学園長、熊田くまだ 雄一ゆういちだ。


弥勒菩薩のような丸顔を浮かべ、春風のような穏やかな微笑を湛えている。


そしてもう一人の男は、彼とは完全に対照的な空気を纏っていた。


漆黒の軍服に身を包み、全身から濃密な硝煙の臭いと血の匂いを漂わせている。


……

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