014 裸攻バフ理論と「Gスポット・インサイト」
地下通路内に、生臭い風が吹き荒れる。
壁の裂け目から入り込む冷気が、六道 飛鳥の遮るもののない、しなやかで引き締まった筋肉を撫でた。
蒼い光の霧を纏う巨大なメイスを担ぎ、凛と立つその姿は、あまりにも雄大。
まるでゴミ溜めに降臨した古希臘の彫像のようだった。
……もっとも、その彫像は、いささか公序良俗に反していたが。
離れた場所で泥水にまみれて座り込む石田は、その光景を凝視し、瞳を激しく震わせた。
もし平時であれば、全裸で棒を担いで歩く男を見かけたら、石田は間違いなく【重岩】の一撃で肉片に変えていただろう。
だが今、彼の瞳にあるのは蔑みではない。
代わりに宿っているのは、深い畏敬の念だった。
「裸攻バフ理論……」
石田は喉を鳴らし、掠れた声で呟いた。
それはこの世界のトップクラスの研究者たちが、膨大なリソースと人命を費やし、長年の異態者研究の末に導き出した貴重な理論の一つである。
簡潔に言えば、「異態者は着衣が少ないほど、外界環境との『エネルギー相互干渉』の抵抗が小さくなる」というものだ。
その結果、異武が発揮する攻撃力は飛躍的に高まる。
逆に厚着をすればするほど、攻撃力は低下する。
かつて、異態者にハイテクなパワードスーツを着せて異獣に対抗させようとした愚かな上層部がいた。
しかし、大金を投じた装甲は異態者にとってただの枷となり、体内のXY染色体エネルギーを遮断してしまった。
結果、彼らは本来の実力を全く発揮できず、獣潮の中で全滅の憂き目に遭った。
異武自身が生成する防具のみが、異態者のエネルギー回路と完璧に適合し、この制限を受けない。
ゆえに、このクソッタレな世界では、強者ほど「軽装」で戦う傾向にある。
「全くな……とんでもねえ変態だぜ」
石田は心中で感嘆した。
それは罵倒ではない。
心からの、最大級の賛辞だった。
石田自身、「裸攻バフ理論」を暗記するほど熟知していても、飛鳥のように振る舞うことは絶対に不可能だ。
大衆の面前で、これほど堂々と、これほど自然に全裸で戦場に立つ。
内面にある道徳の枷、他人の視線への抵抗や羞恥心は、目に見えない鎖となって肉体を縛る。
もし自分が今ここで脱げと言われれば、その極度の恥じらいが強さになるどころか、精神を硬直させ、基礎的な「解放」すらままならなくなるだろう。
「人類のピラミッドの頂点に立つトップクラスの異態者は、例外なく底知れぬド変態だ」
石田は苦笑し、業界に伝わるあの名言の重みを、今ようやく理解した。
思い返せば、彼は実戦でいつでも「解放」できるようになるため、ありとあらゆる環境で管制級の映像を昼夜問わず眺め続け、数え切れないほどの失敗と反噬を繰り返してきたのだ。
だというのに、目の前の一年生のルーキーはどうだ。
初陣で「絶頂亢奮状態」に入っただけでなく、新兵がようやく辿り着く「半解放」を飛び越え、完璧な「常態解放」を成し遂げている。
しかも、あのメイスから溢れ出すエロス粒子の密度を見る限り……。
彼の解放度は、三年生の自分すら凌駕している。
その才能は、嫉妬で気が狂いそうになるほどだった。
……
一方その頃。
飛鳥は【黒影】に付着した血を無造作に振り払っていた。
石田の脳内で繰り広げられている嵐のような葛藤など、知る由もない。
彼が裸で戦場に降り立ったのは、極限の破壊力を求めたからというのも理由の一つだが、より重要な目的があった。
――「自♂由(自由)」な姿を見せつけることで、染色体を稼ぐことだ。
飛鳥はわずかに首を傾け、前方で震えながら立ち上がろうとする二匹の巨大ゴキブリをロックオンした。
「生命力だけは一丁前だな」
飛鳥が冷酷に笑う。
実のところ、彼は二十分前から異変に気づいていた。
Eプラス級に達した彼の精神属性は、常人を遥かに凌ぐ鋭敏な感知能力を彼に与えていた。
このエリアに足を踏み入れた瞬間、遠方に二つの強力な異獣の気配を感じ取っていたのだ。
周囲に悟られないよう、彼は「連れション」を口実に部隊を抜け出すと、数十メートル先の廃屋となったポンプ室で、二匹のE級異獣を待ち伏せした。
巨鼠と巨大ゴキブリ。
出し惜しみなしの一撃で、巨鼠の頭を容易く叩き潰すことには成功した。
しかし、地形への不慣れさと、ゴキブリ型の高い機動力に翻弄され、一匹を取り逃がしてしまったのだ。
現場を片付け、獲物を担いで銃声を頼りに戻ってみれば、そこには「三匹目」のE級が潜んでおり、石田たちを絶体絶命の窮地に追い込んでいた、というわけだ。
「危うくホーム(石田たち)を盗られるところだったぜ」
飛鳥は首を回し、骨の鳴る音を響かせた。
単純な力や速度といった基礎ステータスだけを見れば、彼はまだE級の石田と大差はない。
確かにC級異武である【黒影】の品階は、石田のE級【重岩】を圧倒している。
だが、彼が同ランクの異獣を秒殺しうる真の鍵は、別のところにある。
それは、バグじみた神級スキル。
【Gスポット・インサイト】!
飛鳥が目を細めると、瞳の奥に不気味なピンク色の光が宿った。
――ゥゥゥン。
次の瞬間、飛鳥の視界から世界の色彩が失われた。
すべてが白黒の線で構成されたグリッド空間へと変貌する。
そして、嘶き(いななき)を上げる二匹の巨大ゴキブリの体表に、それは現れた。
夜空の星々のごとく密集した、無数の「紅い光点」が。
さらに異様なのは、それらの光点が固定されていないことだ。
ゴキブリを包む紫紅色のV力場に沿って、極めて高い周波数かつ不規則な軌道で、絶え間なく動き回っている。
そう、この流動する紅い点こそが、奴らの防御体系における絶対的な弱点。
V力場のエネルギーが最も希薄になる「急所」なのだ。
この世界において、並の異態者がV力場を破るには、異武のゴリ押しでエネルギーを削り切るしかない。
鉄槌で防弾ガラスを叩き割るような、力任せの消耗戦だ。
だが、このスキルを持つ飛鳥には、防弾ガラスの「歪み(応力点)」が丸見えなのだ。
そこをピンポイントで突けば、鉄壁のV力場を卵の殻のように容易く粉砕できる。
さらに、攻撃の余波は遮るものなく内部へと浸透し、異獣の肉体に致命的な爆撃ダメージを与える。
「見つけたぜ、お前らの『G(急所)』をな」
飛鳥の口元に残忍な弧が描かれた。
ドォッ!
足元が爆ぜ、水泥の地面に顔面ほどの深さの穴が開く。
凄まじい反作用を受け、彼は漆黒の閃光と化して、二匹の異獣へと肉薄した。
「シャァァァ――ッ!」
二匹の巨大ゴキブリは、先ほどの一撃の衝撃からようやく回復したところだった。
だが、服を一枚も纏っていない人間が、あろうことか自ら突撃してくるのを見て、本能的な戸惑いが生じた。
野獣の直感が、目の前の露出狂を「極めて危険」だと告げている。
逃げるべきか、戦うべきか。
彼らがその迷いに囚われたわずか数秒の間に、飛鳥はすでに死神のごとき速度で、その腹部へと潜り込んでいた。
……




