011 この一撃はデカいぞ、ちょっと我慢しろよ
「ギギィッーー!!!」
六道飛鳥が襲いかかるのを見て、中央の巨鼠が咆哮を上げた。
四肢に力を込め、紫色の砲弾のごとき勢いで飛鳥の顔面へと飛びかかる!
二メートル。
一メートル。
五十センチ。
巨鼠の涎が滴る口器が飛鳥に触れようとした、その刹那。
全体が漆黒に染まり、おぞましい棘に覆われた重量級のメイスが虚空から姿を現した!
【異武・黒影】
「この一撃には俺の十年の功力がこもってるんだが……お前に耐えられるかな?」
飛鳥は腰をひねり、背骨を龍のようにしならせる。
「そらよっ!」
ブォンッ!
黒影が空中に暴力的な弧を描き、重苦しい風切り音を撒き散らす。
ドゴォッ!!!
鈍い衝撃音が地下道に響き渡った。
巨鼠の頑丈な頭蓋は、黒影の前では熟れすぎた桃よりも脆かった。
赤、白、そして紫の飛沫が瞬時に弾け飛ぶ!
巨鼠の巨体はフルスピードで突っ込んできた大型トラックに撥ねられたかのように、真横へと吹き飛ばされた。
そのまま「ガシャンッ」と音を立て、後方から続いていた二匹の巨鼠を巻き込んでいく。
三つの巨大な肉塊は団子状になって転がり、錆びついた配管に激突してようやく止まった。
異獣の「V力場」は肉体とは異なる。
一度粉砕されれば、再構築には長い時間を要するのだ。
ゆえに、あの巨鼠はあっさりと「お釈迦」になった。
【宿主が「自♂由(自由)」な姿を見せたと検知。X染色体+1!】
【宿主が「自♂由(自由)」な姿を見せたと検知。Y染色体+1!】
【……】
網膜に浮かび上がる文字を見て、飛鳥の機嫌は最高潮に達した。
彼は黒影を肩に担ぎ、軽快に口笛を吹く。
「お見事、満点満点のホームランだ」
場が静まり返る。
先ほどまで怖気づいていた受験生たちは、その場で凍りついた。
張が目をこすり、信じられないといった表情で声を漏らす。
「ヒッ……こ、これが異武の力か?なんてパワーだ!」
補助組の学生たちも息を呑んだ。
「あの巨鼠を一撃で?化け物かよ……!」
傍らにいた佐藤陽はうつむき、ライフルの銃身を指が白くなるほど強く握りしめていた。
その背中に向ける羨望と不満が、野火のように胸の内で広がっていく。
「銃も使わずに……一撃で異獣を?これが……『異態者』の力なのか?」
「ギチ……ギチ……」
瓦礫の中から、運良く生き残った二匹の巨鼠がふらつきながら立ち上がった。
体表のV力場は明滅し、不安定になっている。
一方、頭を叩き潰された一匹は、ピクリとも動かない。
飛鳥の異武によって、完全に仕留められたのだ。
「まだ終わってねえぞ」
飛鳥は獰猛に笑うと、一気に踏み込んだ。
足元の地面がひび割れ、まるで瞬間移動のような速度で二匹の背後に回り込む。
一匹がようやく体を支え、振り返ろうとした瞬間、背後から猛烈な殺気を感じ取った。
飛鳥は黒影のグリップを逆手に握り直し、その瞳には「自♂由(自由)」の光を宿していた。
どうせ殺るなら、利益は最大化すべきだ!
彼は巨鼠の突き出された臀部(尻)に狙いを定める。
そこは唯一、硬い皮に覆われていない防御の死角。
「この一撃はデカいぞ、ちょっと我慢しろよ!」
ブシュッ!
漆黒のメイスの先端にある棘が、正確に、無慈悲に、そして極めて屈辱的な形で――。
V力場を貫き、巨鼠の菊門へと突き刺さった!
「ギャアアアアアアッ!!!」
この世のものとは思えない、震えるような悲鳴が地下二階に響き渡った。
巨鼠の体は空中で棒のように硬直したかと思うと、電気ショックを受けたかのように激しく痙攣する。
遠くで見ていた受験生たちは無意識のうちに股間を抑え、一斉に身震いした。
あれは……見てるだけで痛すぎる。
「おっと、これぞ『ディープな交流』ってな」
飛鳥は勢いよくメイスをねじ込み、強引に引き抜いた。
紫黒色の血が泉のように噴き出す。
最後の一匹は完全に恐怖で固まっていた。
長い間生きてきたが、これほどまでに「武徳」のかけらもない戦い方をする人間は見たことがない。
逃げようと背を向けた瞬間、飛鳥の手がその尻尾を掴んだ。
「逃がすかよ。染色体がまだ足りねえんだ!」
飛鳥は黒影を振り上げ、情け容赦なく叩きつけた。
ドゴッ!バキッ!ズシャッ!
不気味で恐ろしかったはずの異獣戦は、今や一方的な解体現場へと変貌していた。
少し離れた場所で、石田は目を細め、顎に手を当てていた。
「実戦経験がないはずだが、戦闘直覚があれほど鋭いとはな」
「相手が最低ランクのFマイナス級とはいえ……」
彼は頭の中で迅速に査定を行う。
「一撃で盾を砕くパワーはFからFプラスの間といったところか。だが、あの執念深さと容赦のなさは……」
「ふん、面白い」
石田は冷たく笑った。
どうやら会長の言った通り、あの飛鳥という男はただの出来損ないではないらしい。
狂ったように獲物を狩り続ける飛鳥を見つめる彼の視線は、いっそう冷徹さを増していく。
「だが……本当のショウタイムはこれからだ。この程度のハプニング、大したことではない」
その時。
最後の一匹を仕留めた飛鳥は、パネル上の染色体ポイントが更新されるのを確認した。
彼は何かに気づいたように振り返り、石田に向かってとびきり明るい笑顔を見せた。
「教官、この三匹じゃ物足りないっすよ。おかわりは?」
石田は無表情に迷宮の奥を指差す。
「焦るな。奥にはまだ腐るほどいる」
……
一時間後。
錆びついた迷宮での戦闘はようやく収束した。
石田が周囲を見渡す。
返り血一つ浴びず、涼しい顔でメイスを弄んでいる飛鳥を除けば、他の受験生たちは多かれ少なかれ傷を負っていた。
脱落者もかなりの数にのぼっている。
生き残った全員が、自らの手で異獣を仕留めた。
石田は満足げに頷く。
よし、全員が「血」を見て、経験者となったわけだ。
ならば……始めるとしよう。
彼は端末を取り出し、声を張り上げた。
「よく聞け!」
「ここに残っているお前たちは、第一段階を突破した」
「これより第二段階に入る。貴様らに一部の管制級資料への一時的な閲覧権限を与える――『解放テスト』の開始だ!」
「やった!ついに見れるのか!」
「すげえ、待ちに待った瞬間だぜ!」
受験生たちの間に歓喜の声が上がる。
これこそが、彼らが最も期待していた瞬間だった。
「ぎ、あああああッ!!!――」
突如、その歓喜を切り裂くような、喉が潰れるほどの絶叫が響いた。
石田が勢いよく振り返ると、その瞳が大きく見開かれる。
補助組の男子生徒の一人が、石臼ほどもある巨大で真っ赤な鋸歯に挟まれ、宙に吊るし上げられていた。
さらに異常なのは、その生徒が数回もがいた後、抵抗をやめたことだ。
瞳孔は上を向き、口角からは粘り気のある涎が垂れ下がっている。
その顔には、まるで天国にでもいるかのような、不気味なほど幸福そうな笑みが浮かんでいた。
シュウゥゥ……。
彼の毛穴から赤い煙のようなものが立ち上り、背後の黒い影へと吸い込まれていく。
次の瞬間、生徒の体は風に吹かれた砂のように崩れ、虚無へと消えていった。
地面に残されたのは、血に汚れた作戦服だけだった。
ついに、怪物が暗闇から姿を現す。
それは体長二メートルを超え、全身がどす黒い赤色をした、鋼鉄のような甲殻を纏う「巨大なゴキブリ」だった。
石田は眉をひそめ、冷や汗が手に滲むのを感じた。
おかしい。
調査報告ではこのエリアにはネズミ型の異獣しかいないはずだ。
なぜ昆虫型が?
しかも、自分にすら気づかれずにここまで接近した。
……この個体、少なくとも自分と同格だ!
……




