七月一日【file. 6】
運命の歯車が回り始めたのは、いつだっただろうか。
―――時は、五月七日に遡る……。
そこは、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
正面に座る大和先生から漏れ出る霊気は、激流というよりは凪いだ海に近い。
その底知れぬ静寂が、私の震えをより一層際立たせていた。
「……ここの隊員に聞きました……。今、霊ではないナニカが蠢き出しているんですね?―――大和先生」
「……うん。ごめんね、嫌なこと知らせちゃって……」
「いえ、そんな……!それで、その、今日は相談をしたくて……」
「相談?」
ナニカが蠢き出しているのかを尋ねる私の手は、震えていた。
ナニカに対しての恐怖じゃない。
第一鎮圧部隊・隊長室にいる事について震えているのだ。
私が問いかけると、大和先生はしゅん、と覇気を失い、モジモジと謝る。
G.H.O.の人間なのかと疑ってしまいそうなほど、頼りなさそうな彼は、公の父であり、第一鎮圧部隊隊長の大和慶悟先生。
先生一人でこの国を滅ぼせると言われるほどの力の持ち主である。
しかし、その力は以前として、人を守るため以外には使われていない。
私が崇拝する、この国の守り神だ。
そんな先生の部屋にこの日、私が来たのには理由がある。
相談。
それは、言葉の通りただの相談であるはずだった。
先生が、受け入れて下さらないと、諦めていたのだから。
「私だけがいつも足手まといで……、公にも、ここの隊員達にも……迷惑を掛けて……っ。でも……」
「みやびちゃん……」
掲げた手の中にあるはずの力が、今はただの重石のように感じられた。
足元の影が、二年前のあの場所まで伸びているような錯覚に陥る。
服の胸元をぎゅっと握り、震える声で私は続けた。
目の前が霞んでしまう事もお構いなしに。
「怖いんです……っ、ナニカを殺すって言う行為自体が……!霊も、元は人間で……っ、なりたくてそうなったわけじゃない人達もたくさんいて……!
でも、私達は鎮圧することしか出来ないんです……!」
「そう、だね……」
先生の前では、自分の激しい感情さえも、巨大な重力に飲み込まれる火花のように小さく感じられる。
泣いてしまった恥ずかしさや、罪悪感に頭を飲まれながら何とか私自身の思いを吐露していく。
それが出来るのは、大和先生が私の言葉を遮らないと信じているからなのだろう。
「……このままじゃ……雪希ちゃんの時みたいに……私が公を殺してしまいます……っ。
だから……っ……、そうならないように……私に異能力の使い方を教えて下さい……っ!」
「……!」
「不完全でも……、出来の悪い寄生体でも……っ、誰かを助けられる様になりたい……!」
何度も敗北を重ねた。
何度も、この不条理な人生に抗った。
何度も、過去に打ちのめされた。
その集大成の涙が、私の瞳から流れ落ちていく―――……。




