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 どれくらい時間が経ったのだろうか。


「ここでの生活は案外悪くねぇんだけど、時間感覚が分からなくなるのがたまに傷なんだよなぁ」

「だったら早く外に出で行けばいいでしょうに。目の下のクマとかすごいですよ? ちゃんと寝れてないでしょ」

「やだよ。寝れてねぇけど、ここが一番安全じゃん」

「いや、だからってニ週間もここにいられたらこっちも困るんてすよ……。意味もなくあんたを見張らなきゃいけない身にもなってくれませんかね」


 俺は詰所から衛兵の宿舎へと居候場所を移していた。正確には詰所から追い出されそうになる度に何かと理由を付けて留まろうとする俺を見かねたリザイアスの恩情で一時的に衛兵宿舎へ身を寄せているのだ。


 ────全く俺も落ちぶれたもんだぜ……っていじけてる場合じゃねぇな。取り敢えず今は情報の整理だ。


 こうして衛兵宿舎でカザン亭の竜人ウェイトレスと金髪の少年から身を隠す事が出来た俺だったが、ただ隠れていた訳では無い。

 俺の見張りをする衛兵たちから少しずつこの世界の情報を得ていたのだ。


 例えば、この世界には魔法があって、様々な知性を持った種族、精霊、凶悪な魔物が存在する。

 突発的に魔王という魔物を統べる存在が現れることもあり、魔王を退治することで様々な国や教会から勇者として認められる、というのがこの世界での勇者や魔王らしい。


 ────俺自身が勇者としてこの世界に呼ばれた……みたいな話じゃなかったのは朗報だな。


 そして勇者、魔王と来て新たな情報も得られた。


「何が不満なんです? 家庭の問題とか、恋人関係ですか? 何話してみたら少しは気が楽になるかもしれませんよ? そうだ! ここから出て何かやりたい事とかないんですか?」

「やりたい事か……。この理不尽な世界を滅ぼしてぇとかかなぁ」

「………ふっ」

「何鼻で笑ってやがんだ⁉ お前が俺に何がやりたいか聞いてきたんだろうが⁉」

「ははは……え、冗談じゃないんですか?」

「割りと本気で神様をぶっ飛ばしたいね。だっているんだろ? この世界には神様ってのが!」

「えーと、確かに神様はいますけど……。本気で言ってるとなるとちょっと笑えないですね……」

「……そんなマジな顔すんなよ。冗談だ。半分くらい」

「そ、そうですか? 一応聞きますけど、流石に女神フィロメナ様に言ってる訳ではありませんよね?」

「は? フィロメナ……? 何だよ? 神様って沢山いんのか……?」

「そりゃいますよ。神の国があるくらいですから。ですがその様子なら安心しました。どうやらフィロメナ様に言ってる訳では無いみたいですからね。気をつけてくださいよ? フィロメナ様はこの大陸で最も信仰されている女神様なんですから」


 新たな情報。それは神の存在だ。付随してたった今、神の国と複数の神が存在する事も知れた。


 後はこの国の情報についても整理しておこう。


 俺がやって来たこの国は、“モルテ=フィーレ共和国”という多種多様の種族が入り交じった小国で、周囲を列強諸国に囲まれた肩身の狭い国らしい。


「オチバ! 少しいいか!」


 情報を整理していると、不意な大声が俺を呼ぶ。


 今の呼び声で思い出したが、この世界では地球における西洋圏と同じような命名法則が普通らしく、俺の名前はイチジク・オチバではなく、オチバ・イチジクと名乗るのが一般的との事だ。


「ってリザイアスじゃん。何か用?」

「真面目な話だ。真剣に聞けよ?」

「……また追い出そうとするなら考えがあるけど?」

「次に脱いだら国と裁判することになるからオススメは出来ないぞ」

「は? 国と裁判ってどういうことだよ⁉ あんたまで俺を売るのか⁉」

「いや、そりゃ衛兵の仕事の邪魔をし続けてるアンタが全面的悪いでしょうに……」


 俺の暴論に衛兵が正論を返すがそういうのは聞きたくない。


「オチバ。今ならまだ間に合う。ここを出て真っ当に生きろ。お前は鱗の良さがわかる奴だ! なぁに、今は鱗が剥がれて少しナーバスになっているだけだ! 鱗だって時間が経てばちゃんと元に戻る! だからお前も立ち上がれるさ!」

「リザイアス……ごめん」


 ────鱗の話されても全く意味が分かんねぇよ。


 とは言え、今の所この世界で出会った人たちの中でも髄を抜いて言動が意味不明なリザイアスだが心根が優しいのは本当だ。


 ────はぁ……。仕方ねぇ。覚悟を決めるか。


「そうだな……。流石に裁判はキツいんでそろそろお暇させてもらうわ」


 そろそろ外のカザン亭の奴らのほとぼりも冷めた頃だろうと願いつつ、二週間ぶりに俺は衛兵宿舎から出る事にしたのだった。



 ◇◆◇



 この世界には魔王という存在が度々出現する。


 魔王の目的は不明だが、魔王という存在は多くの人々に悲劇をもたらしてきた。


 魔王は魔物や魔人を操り、人々の営みを蹂躙する。


 一説によると、他の種族を襲うことこそが魔王という種族としてのメカニズムなのではないか、という説も(ささやか)れている程だ。


 だが、真実は違う。


 魔王とは、原初の魔王という存在によって生み出される人災なのだ。


 魔王は死の間際にその魂を砕き、魔王の因子を世界中にいる魔王の素質を持つ者に飛ばす。

 そうして、その因子を受け取ってしまった者が続く魔王に変貌する。

 これが世界に魔王が生まれ続ける原因だ。


 女神フィロメナを主神とする聖教は、その魔王に変貌させてしまう因子を魔王因子と呼称しており、今この瞬間にも魔王因子を受け取って平和な日常が狂わされる人がいるのだと説いている。


 魔王因子による影響は、最初は些細な衝動に過ぎない。

 だが、やがてその衝動は増大していき、大きな破壊衝動へと変じてしまう。


 そして、情緒不安定な毎日が続いたある日、唐突に自身が狂っていると気づくのだ。


 しかし、その時にはもう遅い。

 精神は魔王因子に蝕まれ、抗えない欲望に従って魔王と成り果てている。


 魔王因子とはつまり、原初の魔王による呪いだ。


 魔王因子を取り込んだ者は段々と魔王の精神に近づいていく。

 それだけならば力の弱い魔王がいくつも誕生するだけで済むのだが、原初の魔王は心の底から性格が歪んでいた。

 魔王因子には、“魔王因子を取り込めば取り込むほど強力な魔王に進化出来る”という力があり、魔王因子同士を引き寄せるのだ。


 原初の魔王は、恐らく死んでいない。


 魔王因子が吸収合体した末に顕れる魔王こそ、原初の魔王なのだろう。


 だからかつて幼い彼女の下にも凶悪な魔王因子を持った魔王が現れたのは必然と言えよう。


 だがその危機は、当時魔王討伐の旅をする聖教会に認められた勇者で今では彼女の師匠である人物によって打ち払われる。


 そうして勇者に救われた彼女は、魔王因子による暴走で家族を傷つけたくないという理由から師匠の魔王討伐の旅に着いていく。


 彼女は師匠との旅で得難いものを幾つも手に入れた。


 旅の極意、見たことのない景色、戦い方、勇者の称号……。

 そして何より、魔王因子の暴走に打ち勝てる精神が鍛えられた。


 しかし、彼女の旅はそれで終わりではない。


 旅を通じて世界には彼女と同じように魔王因子によって望まない運命に囚われている人が大勢いることを知ったからだ。


 彼女は魔王因子による呪いを解く方法を探すため、そして魔王による新たな悲劇を防ぐため、勇者として旅を続けている。


「ふぅ……。モルテ=フィーレ共和国、やっと見えた……。ここに魔王因子の保持者らしき人がいるって聞いたんだけど……」


 青い瞳を持ち、白金の髪を短いポニーテールにしたその幼顔の人物は少年のようにも少女のようにも見える。


 だが、モルテ=フィーレ共和国を通行する商人達はその幼顔の人物が纏うマントを目にすると率先して道を譲り始めた。


 腰に吊るしてある剣やレザーアーマーといった装備から旅の剣士であることは一目瞭然であったが、商人たちが注目するのはそこではない。

 その人物が纏う純白のマントだ。

 そのマントは刺繍以外の余計な装飾が付いていなかったが、そのマントこそが、大陸一番の宗教勢力である聖教会が認めた“勇者”である確かな証なのだ。


 その勇者は、すれ違うモルテ=フィーレ共和国から出ていく商人に声をかける。


「ねぇ。この国で最近不審な出来事が多発してるって聞いたんだけど、何か知らない?」

「これはこれは、勇者様。お声を掛けていただき光栄でございます。その噂、確かに知っておりますとも。私どもは────」


 声を掛けられた商人は倍以上歳の離れた子供に向かって敬語で話し、勇者と呼ばれた少女はその反応にむず痒い思いをしているのか頬を搔く。


「────という事情で私どもはこのモルテ=フィーレにやって来たのですが……何やら物騒な日々が最近続いているようでしてね」

「物騒な日々?」

「はい。やはり多種族が揃うこの国では荒っぽい者や無作法な者も多く、モルテ=フィーレの法がそこまで厳しく取り締まらない故でしょう。特に門から程遠い外縁部のストリートは無法地帯となっております。ですからご休憩時には是非とも私どもの宿をご利用下さい」

「外縁部のストリートだね? 分かった! そこをあたってみるよ! 貴重な情報ありがとう! あっ、これお礼っ! どうぞ!」


 少女は手持ちから一週間程度が過ごせるだけの路銀を確保すると、残った手持ちを袋ごと商人に渡す。


「え⁉ こ、こんなに……⁉ ゆ、勇者様……! 勇者様の旅路を少しでも手伝えたのは私どもの栄誉でございます……! そうだ! そう言えば思い出しましたよ! 確かイチジク、でしたかな……? そんな名前を最近よく耳にしますな。噂では奇行を繰り返したり、竜人や魔人に狙われているという話も聞いた覚えがあります。物騒な人物というよりは物騒な人物に狙われている人という印象ですが。私が知っていることは以上でしょうか。それではご贔屓にお願いします」


 商人がホクホク顔で去っていくと、少女は改めてモルテ=フィーレの門を見据える。


「イチジク……だっけ? もしかしたら魔王因子の保持者かもしれないよね……」


 彼女が危惧しているのは、噂の奇行とやらが魔王因子による暴走かもしれないという点と、狙われている理由が魔王因子かもしれないという点だ。


「もしそうなら助けてあげなきゃ! 探そう……! 『イチジク』って人を!」


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[一言] 勘違いモノ大好物なんで読んでて楽しいです 更新楽しみに待っています
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