4 見習い騎士の1日 後半
王城内の近衛騎士団の詰所に着いたロトは、赤髪の女性騎士アンに到着を報告する。
「よし。今日はキャサリン殿下の護衛だ。行くぞ」
「はっ」
ロトは、短く返事し、アンの後ろを付いて行く。
王城は、主に王族が生活したり政務を行う王宮と、一般の騎士や官僚が生活する寮や食堂や騎士達が詰める詰所等に分かれている。
王宮内のキャサリン姫の執務室に着くと、アンはキャサリン姫に復命した。
「キャサリン殿下。これより近衛騎士団アン以下、他2名で護衛に付きます」
アンが、右腕を左胸に当てて言う。公務中であるため、愛称では呼ばない。
「はい、お願いしますね」
キャサリン姫は、にこやかに答える。
キャサリン姫は、まだ15歳であるが、ファレーズ王国の国政の一部を担っている。ファレーズ王国はその国土の全部が、王家の直轄地だ。ファレーズ王国の国土は小さい。その小さい国土を貴族達に分け与えると、国に入るお金は無くなってしまう。よって、ファレーズ王国を建国した国父アルファード・ファレーズは、ファレーズ王国の全土を王家の直轄地にして、仕える貴族達は法衣貴族とし、爵位に応じた年金と官職に応じた月々の給金を与えることとしたのであった。
国土の全部を王が管理するため、いくら国土が小さいと言っても、国王であるグレゴリー王の仕事量は膨大な量なる。無論、国王の下には、宰相以下各大臣や政務官などの官僚、町には統治官など派遣して、政務を行なっているが、最終の決裁権を持つ国王の元には、毎日かなりの書類が上がってくるのであった。そんな国王の負担を少しでも減らすために、まだ15歳のキャサリン姫が手伝っているのだ。
キャサリン姫の執務室にはアンだけが残り、ロトともう1人の騎士は廊下側の扉の前に左右に分かれて控える。執務室に残ったアンは、室内側の扉の前に控えて、来客の取次ぎを行う。執務室には、キャサリン姫とアンの他に、キャサリン姫の薄い茶髪の使用人がいる。ロトがキャサリン姫を助けて怪我をした際に、側で看病をしてくれた女性だ。名をヒルダと言い、伯爵家の出身である。ヒルダは、キャサリン姫の傍に控えて、来客時のお茶汲みや書類の整理の手伝いをしている。ヒルダをロトから見ると、大人の女性と言う感じして、今だにヒルダに話すと緊張するのであった。実は、ヒルダはロトと2つ上である。ロトが、ヒルダを大人の女性と感じるのはヒルダの発育が、キャサリン姫よりも良いせいからかもしれない。
ただ扉の前に立っているだけでは、暇だと思うかもしれない。しかし、キャサリン姫に決済を貰うためにやってくれる役人や、王族であるキャサリン姫と式典や外国の使節との食事会などの打合せにくる儀典官などが、ひっきりなしにやってくる。ロト達は、名前と来室の目的を聞き、それを執務室内にいるアンに知らせる。すでに来客者がいる場合には、執務室の隣にある控え室に連れて行く。準備が出来たら案内をする。その繰り返しである。
ガゴォーン。神殿の鐘が朝の10の時を知らせる。来客者がひと段落したところで、休憩に入る。アンから呼ばれたロト達は、執務室に入り、応接椅子に座る。
「ロト、今日のお菓子は焼き菓子じゃぞ。嬉しいじゃろ」
キャサリン姫が、ニコニコしながら言う。
「はっ!殿下、ありがとうございます」
ロトが、背を伸ばして返礼する。キャサリン姫は、ロトの好物を知っているのだ。
「むぅ。妾のことはキャシーと呼べっと、言っているじゃろ」
キャサリン姫は、口を尖らせて言った。
「公務中ですので」
ロトは、頭を掻きながら答える。
「今は、休憩中じゃ」
キャサリン姫はそう言うと、焼き菓子を口の中に放り込んだ。
「姫様。はしたないです。一口で食べてはいけません。それに妾じゃなく私です」
お茶を運んで来たヒルダが、表情を崩さないで言う。キャサリン姫は、言葉使いの矯正中だ。
「良いでは、知らぬ仲でないじゃろ」
キャサリン姫は、ヒルダから陶磁器のカップを受け取りながら言った。
「いけません。普段から意識してないと、身に付かないものです」
ヒルダは、アンの前に陶磁器のカップを置きながら言う。相変わらず、表情は崩れてない。
「はい、どうぞ」
ヒルダが、ロトの前に陶磁器のカップを置く。
「あ、ありがとうございます」
ロトは、少し顔を赤くしながら言った。
キャサリン姫が、ジッとこちらを見ている。
「え、何か」
ロトが、ややびっくりして言うと
「別に」
キャサリン姫が、素っ気なく言う。アンともう1人の騎士は、無言で陶磁器のカップに口を付けている。
「ロトは、この後どうするのじゃ」
キャサリン姫は、おかわりのお茶を飲み干して言った。
「騎乗の練習です」
ロトは、答える。今日はこの後に、隣国のテキストランス王国の使節団との昼食会がある。昼食会まではまだ時間があるが、キャサリン姫の身仕度があるのだ。昼食会の警護は、もちろんロトもつくが、キャサリン姫の身仕度はキャサリン姫の私室でするので、男性のロトが付いて行くわけにはいかない。なので、ロトの時間に空きが出来るのだ。
「ちゃんと、乗れるようになったの?」
キャサリン姫は、ロトに聞く。村人だったロトは、馬など乗ったことがなかった。ニング村にはロバはいたが、馬はいなかった。ましてや、軍馬になると馬の身体も大きし、扱いも難しい。だから、はじめは落馬ばかりしていた。そのことをキャサリン姫は、知っているのだ。
「だいぶ扱えるようになったのですが。まだ、馬上で剣や槍を使うのは・・・」
ロトは、頭を掻きながら答えた。当然だが、騎士は馬に乗れなければならない。そして、騎馬突撃では、全速力で走る馬を片手で馬を扱い、片手で剣や槍を振ることを求められる。また、時には足だけで、馬をおのれの思い通りに動かさないといけない。だから、ロトは時間が空いたら、馬に乗るようにして、感覚を養っているのであった。
「そうか。わらわも。おっほん、私もたまに馬で遠出したいものですわね」
キャサリン姫は、アンを見ながらわざっと言葉使いを変えて言った。最近は、王城から出ていないのだ。
「はっ!そのうち、視察や巡回を入れるようにします」
アンは、大げさに右腕を左胸に当てて言った。
「はあ、そのうちって・・・」
キャサリン姫は、ため息混じりに言ったのであった。
ロトは騎乗の練習を終えると、身なりを整えてから、王宮の賓客をもてなす部屋に向かった。
王族とテキストランス王国との使節団との昼食会の警備を行い、終わると再び、キャサリン姫の執務室で警護を行う。あっという間に、夕方になった。
ガゴォーン、ガゴォーン、ガゴォーン。神殿の鐘が夕の5の時を知らせる。キャサリン姫の政務も終わり、ロト達は近衛騎士団の詰所に戻ってきた。
これで、ロト達の仕事が終わったわけではない。騎士であるアン達は、1日の報告書を書かなければならない。見習い騎士であるロト達は、報告書を書く必要はない。しかし、見習い騎士達は、夕方の鍛錬をしなければならない。
王城内の練兵場に着くと、ロトはいつものように身体をほぐす。
茶髪のくせ毛の見習い騎士カインを見つけると、その横に並び剣を振る。
ロトは、一心不乱に剣を振る。気がつくと、いつのまにかやってきたキャサリン姫も剣を降っている。報告書を書き終えたアンもやってきている。
剣を振り続けるロトの額には、玉のような汗が浮かぶ。その汗が、剣を振るうたびに飛び散る。
「よーし、ロト、来い!」
大声がする。大柄の髭もじゃの男性が立ってる。近衛騎士団の団長のオーギュスタンである。その風貌から山賊の親玉ではないかと、陰口を叩かれているが、その実力は国王の次に位置するのと言われている。
「はい!」
ロトは、返事すると、駆け足でオーギュスタンの元へ駆けつけた。
「よし、防具をつけろ!」
「はい!」
ロト、返事すると、急いで防具を付ける。
「よーし、かかって来い!」
オーギュスタンは、大剣を模した木剣を肩に乗せて言った。剣を握ったその腕は、ロトの胴体ほどありそうだ。オーギュスタンは、防具など着けてない。
「お願いします!」
ロトは、一言挨拶すると、オーギュスタンに突っ込んでいった。
一直線に突っ込んでいっては、簡単にオーギュスタンの大剣の餌食になってしまう。なので、ロトは左右に動きながら、オーギュスタンに的を絞らせないように迫って行く。オーギュスタンの間合いに入る直前にロトは、身体を回転させて、オーギュスタンの太ももを狙い、裏拳ように剣を払う。オーギュスタンは、面倒臭そうに大剣を横に払う。ロトは、思わずオーギュスタンの大剣を受け止めてしまう。ロトの身体が浮き、吹き飛んでしまう。
「おら!受け止めるな!どんな状態でも受け流せ!」
オーギュスタンの叱責が飛ぶ。
「はい!」
ロトは、立ち上がりながら答える。内心は無茶なことを言うっと、思っているが、それが出来なければ強い敵とは戦えない。
「それと、相手が動き出してから、動きを変えんと意味がないぞ」
オーギュスタンは、先程のロトの攻撃の欠点を指摘する。
「はい!」
ロトは、答える。
ロトに、受け主体の剣を教えたのはオーギュスタンだ。指導騎士であるアンは、はじめは普通の剣の形を教えていた。しかし、それを見たオーギュスタンが、受け主体の剣に変えさせた。背が低く、身体の線が細いロトが、まともに斬り合いをしても分が悪いからだ。とにかく、動き回り、相手の攻撃を受け流し続けて、出来た隙を突く。それがロトが、目指す剣技だ。
「よし!もう一本だ!」
オーギュスタンが、また肩に乗せながら言う。
「はい!」
ロトは、答えると同時に動き出した。
「ありがとうございました」
ロトは、ふらふらになりながら言った。
「よし!次!」
オーギュスタンは、次の見習い騎士の指導に入る。
ロトは、地面に座り込んで、肩で息をしていた。そんなに長い時間ではなかったのに、ボロボロにされていた。
「見事にボロボロにされたのう」
キャサリン姫が、手ぬぐいを渡しながら言う。
「ありがとうございます。まだまだですね。もっと鍛錬しないと」
ロトは、受け取った手ぬぐいで顔を拭きながら言った。
「妾も、もっと強くならないとなぁ」
キャサリン姫は、自分の剣を見つめて言う。
「姫様は、それ以上強くならないで下さい」
ロトは、思わず言ってしまう。
「なんでじゃ?・・・ふふふ。そうじゃな。また、ロトに守ってもらうからのう」
キャサリン姫は、いたずらっぽい笑顔を見せて言う。夕陽が、キャサリン姫の美しい金髪を一層輝かせていた。見惚れていたロトは、視線を下げる。
「そうですよ」
と、呟いた。その声はキャサリン姫には届かなかった。
「うん?何か言ったか?」
キャサリン姫は、きょとんとして聞く。
「いえ、何も。姫様、お手合わせをお願いします」
ロトは、立ち上がり言う。
「良いぞ。勝負じゃ」
キャサリン姫は、腕を回しながら答える。
2人は、練兵場の空いた場所に行くと、互いの剣を合わせるように動き出した。
こうして、見習い騎士ロトの一日は過ぎて行くのであった。
拙文を読んで頂き、ありがとうございました。




