09
「お兄ちゃん……?」
これはまた珍しい時間に来たものだ。
いやもう普通に寝ていたから気づけたのは奇跡に近かった。
体を起こして待っていると「入るね」と、廊下の照明も点いていないから普通に暗い。
「ごめんね、もう寝ていたよね」
「いや。それよりどうしたんだ?」
「今日は一緒に寝たくて」
「それならベッドを使えばいい、俺は床で――一緒でいいと?」
「……うん」
まあ、正直これは助かった。
床で寝られないわけでも、布団セットを持ってくればそこまで寒いわけでもないが、やっぱりベッドというのはそれだけで効果が大きいから。
「それにしても最近はこういうことが増えたな」
いまは人間関係のことよりも勉強のことで暗い顔をすることが増えてしまっていた。
俺みたいに結構いい加減なところがある人ばかりではないからな、真面目すぎて疲れてしまうこともあるのだろう。
というか、俺の方はよくあの少しの頑張りだけで高校に入れたな、と。
忖度してもらえるような金を持っているような子どもでもないし、よく分からない。
「どうしても花乃子ちゃんや緑ちゃんと自分を比べちゃって……」
〇〇と比べて自分は~ということは俺でも結構してきた。
でも、当たり前すぎてへこむまでいかないというか、普通に片付けられたという感じで。
「花乃子と今城の妹さんはあの高校に?」
「うん、だから合格になったら嬉しいなって」
いやそりゃまあ、そうだわな。
「だからこそでもあるのか」
「うん……」
いや待て、こういうときはどうすればいいのか。
「頑張れよ」「気にするな」の二つはいまは逆効果になる気がする。
「でも、一番は一年間だけでもまたお兄ちゃんが学校にいてくれるからで……だから失敗したくないって気持ちが強くあるんだ」
「そうか」
「いまは一人の時間が増えると危険なの」
「だったらずっといればいい」
家に帰ってくるまでの時間は花乃子達に頑張ってもらうしかないな。
だが、そうなってくるとあの二人にもしっかりお礼をしなければならなくなると。
しっかり金を貯めておかないといけない。
「いいの……?」
「おう」
ただ、こんな時間に話しすぎるのは問題だ。
仰向けをやめて背を向けることでアピールすることにした。
で、俺はそんなことをやっている内に気づいたときには朝になっていた。
動こうとして動けなかったからなんだと確認をしてみると器用にくっつきながら寝ている妹が。
お互いに寝相が悪くないのはいいことだよなあと他人事みたいな感想が出てきたところで起こしておいた。
「今日も高校の外で待っているね」
「別に中学校の校門前にでもいればいい、すぐいくよ」
「多分、今日は矢代先生が話しかけてくると思う」
んーあの人的には友達と仲良くできているいまとなってはああいうことも減らしていくと思うが。
これまでは俺が潰れないように話しかけていただけでな。
「話したかったら話せばいいからね、き、昨日みたいなのは冗談みたいなものだから。まあ……お兄ちゃんとの時間は沢山あってほしいから早く帰ってきてほしいのも本当だけど」
「分かった。まあ、先生次第だな」
「うん」
この前、今城に言われたことがちらつく。
それこそ、他の人が聞いていたら妹は露骨なことばかりを言っているとなるだろう。
俺が特に引っかかることなくそのまま受け入れられているのは……どういうことだ?
あ、まあ、好意を向けられて嫌だとかそんなのは全くないが、断る気がないということなのだろうか。
「円――」
「いってきます!」
くっつくなり走っていってしまった。
当たり前のように一緒に登校していた身としては寂しかった。
いくらでもくっついてくれていいから走り去るのはやめてもらいたい……って、
「やっぱりこれが答えだよな」
うん、そんな感じだ。
「なんの答えなん?」
「ああ、円に対することだな」
こういうことが多すぎてすっかり慣れてしまった。
というか、彼氏持ちなのにやっぱり薫子の話しやすさ、距離感は危険だ。
「もしかしてだけど、円ちゃんのこと女の子として見ていちゃったりするん?」
「これまでそういうことは全くなかったが、円が求めてくるなら受け入れるよ」
「へースグなら『円にはもっといい男子が似合うよ、だからやめた方がいい』とか言いそうだったのに」
「いやそれはマジで考えていたことだぞ」
どうしても他の方向に向かないということなら仕方がないだろう。
あと、断るための言い訳のように捉えられたくなかった。
「兄妹仲が悪くなるよりはいいと?」
「やっぱり悲しそうな顔をしてほしくないからな」
両親にだってちゃんと話す、それで反対されたらこそこそやろう。
「よく言った!」
「痛い痛い……」
「はは、ごめんよー」
んー日野は一緒に登校するべきだと思う。
彼氏がいてよかった、そうでもなければ勘違いする男子が爆増していた。
ということで、頼れてそのうえで危険な薫子と話しながら学校へと向かった。
「待て」
「待ちますが、そんなにぐしゃっとしなくてもよくないですか……?」
「私にとって面白くないことが起きているからな」
なんだ? 最近は今城がすぐに帰るからか?
でも、せっかく妹さんとゆっくり話せるようになったのだからそれは止めることができないだろう。
「おい我妻、貴様今城や生駒と仲良くできているからって浮かれているんじゃないだろうな?」
「あれ、円とのことじゃないんですか?」
「円……? ああ、そういうことか。円のことを出してこの場をなんとか平和に終わらせようとしているんだな?」
「違います違います、だって先生が気にしているのは円じゃないですか」
時間が少なすぎて思わず冷静ではいられなくなってしまうほどか。
一番大事な時期で実際に不安になってしまっている円には悪いが、少し時間を作ってもらわないといけなそうだ。
「はあ……結局、その円本人や我妻の協力によっていちいち頼まなくても話せるようになってしまっている状態なのにわざわざ円のことを出すわけがないだろう」
「じゃあ、とにかく俺に不満があると……」
「そうだ!」
ち、力強いな。
「まあ、今城が妹さんと仲良くできるようになったのはいいことだな。その点だけは我妻のおかげでもある」
「いやそれが……薫子しか動けていないんですよ」
「ん? 名前で呼ぶようになったのか?」
「あ、はい、本人がそうするように言ってきまして」
日野には悪いが、気になるのは最初だけだ。
あとはもう「本人がこう言っているんだからいいだろ」と開き直れてしまう。
やっぱり俺は悪い意味でしか参考にならない人間かもしれない。
「はは、四月のときを考えると奇跡みたいな展開だな」
「俺、どんな感じでした?」
「一人でいても『別に普通だろ?』的な態度だったな」
「そうですか、違う人から見てもそうだったのならよか――」
「よくないぞ」
そうだな、俺的にはよくてもそのせいで冬現在まで時間を使わせてしまったからな。
そりゃ先生からすれば自由に言いたくなる。
「我妻、円の……」
「大丈夫ですよ」
「はは、まだ全て言っていないだろ」
まあ、そこは表情とかでな。
「仕事に戻る。我妻はまた元通りにならないように頑張れ」
「はい」
「それじゃあな」
呆れたような顔をしていることが多かった先生が今城みたいに柔らかい表情ばかり浮かべていた。
最後は隠せていなかったが、これでやっと解放してあげられたようなものだ。
「あ、やべっ」
話せばいいとは言ってくれていてもやっぱり出てくるまでの時間が長くなれば不安になるだろう。
「あっ、お兄ちゃん!」
「おう、待たせて悪――ぐはあ!?」
いかんいかん、もう目の前の妹にしか意識がいっていなかった。
無様に転がった状態で見てみると「円っちばかりに意識を向けているとそうなるんですよ」と花乃子がこちらを見下ろしてきていた。
「私の力も結構悪くないなあ」
「柔道とか……どうだ?」
接触するのが当たり前で、女子でもやれる部活ならそれぐらいか? 全然知識がないから調べたら沢山ありそうだった。
「えー夏だと凄く暑そうで嫌ですよーそれに他人と何度も接触することになるのもねー」
「じゃ、じゃあ、いまのも不味いだろ?」
「別に我妻先輩なら全く問題ないですからねー」
自分よりも小さい女子にぶっ飛ばされるようではまだまだだな。
現状に不満なことなんかはまるでないが、少しは鍛えなければ不味そうだ。
「とりあえず、こんにちは」
「ぷっ、今更ですかー?」
「花乃子が円といてくれてありがたいよ」
一緒にいればいるほど、比べてしまいことも増えてしまうかもしれないとしてもやっぱり一人ではやっていけないから。
「逆です逆、私が円っちに付き合ってもらっているんです」
「そうなのか?」
妹は首を振った。
「お兄ちゃんが合っているよ」
「そ、そんなに褒めてもなにも出ないんだからね」
「はは、生駒姉妹にはあんまりそういうのは似合わないな」
あ、でも、その場その場で変えていくのも魅力の一つか。
お姉ちゃんの真似をしているぐらいだし、花乃子だってこのまま続けていけばやばいレベルになっていく。
期待してはフラれていく男子達が爆増しないことを願っておこう。
「なるほどーつまりいつもの私達が好きということですね? あ、そういえばお姉ちゃんには既に好きだと言った後なんでしたっけ」
「え、またしたの!?」
「ちょーい……ガチすぎでしょ、あとなんで私ががしっと捕まえられなきゃいけないのー……」
「あ、ごめん」
次はない、次があったら流石に日野も怒る。
「お兄ちゃん!?」
「あれからは言っていないよ」
「日野さんがいなかったらアピールしていそうですよね」
「俺が仮にアピールをしたとしても薫子は振り向いてはくれなかっただろうな」
俺も大多数の人側になるだけだった。
すぐに勘違いしてしまうような人間ではなくてよかったとしか言いようがない。
これはもう何回でも出していきたくなるようなことだ。
「どうでしょうかねー」
「薫子はほら、みんなに優しいだけだからな」
「ああ、お姉ちゃんみたいな存在は勘違いさせますよね」
「花乃子もな」「花乃子ちゃんもね」
「うぇっ、なんで私もなんですか!」
そんなの少し振り返ってくれればいいのだ。
そうすればどうしていまみたいなことを言われたのか、それがすぐに分かるはずだった。
「円、呼ばれているぞ」
「うん、だけどもうちょっと……」
分かる、キリがいいところでいきたいものだよな。
中途半端なところでやめると戻ってきたときにまたやろうという気持ちにならなくなる。
「終わったっ、最近で言えば一番集中できたよ!」
「お疲れさん」
「お母さんのところにいってくる!」
高い集中力で付き合うのが大変だった。
寧ろいまとなっては俺の方が不安なぐらいだ。
それでも、受験生を不安にさせないためにもなんとか表に出さずに頑張っているところだった。
「お兄ちゃん……」
あれま、あんなに明るい顔をしていたのにどうしたのか。
「三コール目までいかなかったせいで大好きなプリンを食べられちゃった……」
「じゃあ、いまから買いにいくか?」
「いいのっ? いきたい!」
ま、これは頑張ったご褒美だ。
自分が受験生だったときよりも頑張っているからそのご褒美でもある。
いやマジでそのときに頑張れよという話だがな。
「プッリン、プッリン」
「内側にいてくれ」
「あっ、勉強を頑張ったし……手を繋ぐとかどう?」
「円がしたいならいいぞ、ほら」
そうしたらなにも言わなくなると。
積極的なのかそうでないのかが分かりづらい妹だ。
俺達が深く捉えてしまっているだけで結局はそういう感情がないということだろうか?
でも、そうでもなければ手を繋ごうとか言ってこないよなあ……?
「……お兄ちゃんさ、本当に分かっているの?」
あ、喋った。
「ああ、円はあのプリンが大好きだって分かっているぞ。そうでもなければわざわざそのためだけにこんな時間に外に出ないだろ?」
ただの夜ではないからな、冬の寒い夜に出ているぐらいだからどれぐらいの気持ちなのかは――とふざけている場合ではないか。
「つまり、好きってことだろ。世の中には沢山の男がいてよくこんなのを好きになったな」
「わ、分かっていてこういうことをしているの?」
「ああって、無自覚にこういうことばかりしていたら嫌だろ?」
「……今城さんに対しては何回もしていたけどね。薫子ちゃんだって日野さんがいなかったらどうなっていたことか、だって『好き』とか直接ぶつけたぐらいだし……」
だが、俺はみんなに優しいわけでも、普通に振る舞っているだけで勘違いさせてしまえるような人間ではいられていない。
「円がその気なら受け入れるぞ。両親にだってちゃんと言うが、もし反対されても合わせる」
「そ、そこまで……なんでそんなに合わせてくれるの?」
「円に悲しそうな顔をしてほしくないからだな」
損なことも全くないし、仮に妹が飽きてもいくらでもやりようがあるからだ。
「というか……私、お母さんには何回も相談に乗ってもらっていたぐらいなんだけど。お母さんなんて『俊次第だね』とか言ってくれていたぐらいなんだけど」
「へえ、なら楽だな。あとは円次第だ」
お互いに大事なことが分かっても妹は歩くのをやめようとしない。
流石にプリンには勝てないようになっているみたいだった。




