03
「ただいま」
「お、お邪魔しまーす……」
妹は帰ってきている、これで警戒されてしまうこともないだろう。
あと、いちいち二階にいかなくても一階のリビングのソファに座ってくれていたのも助かった。
こうして付き合ってくれている今城を疲れさせたくはないからな。
「え、も、もしかしてその人が今城さん?」
「そうだ、今城が付き合ってくれた」
「でも、急にどうして……?」
んー妹の友達になってほしいからなどと言うのもあれだし……どうしたものか。
そもそも、誰かに強制されようと本人達にその気がなければ上手くはいかない。
というか、
「友達のお姉さんは今城じゃなかったんだな」
これだ。
「それは、うん」
飲み物でも出すか。
「あっ、ど、どうぞ」
「そ、それじゃあ……」
二人とも似ているから相性はいいはずだ。
最初は戸惑うことばかりでも、こういうことが重なれば友達みたいになれるはず。
そうしたら悩むことが多い受験勉強ターンでも頼ることができる年上が増えて安心できるはずなのだ。
「あの、今城さん」
「う、うん?」
「少し廊下でいいですか? お兄ちゃんのいないところで話したいことがあるんです」
「ふぅ、分かった」
やっぱりな、妹の方はこうだよな、だから俺の選択は間違っていなかった。
それだというのにあの人は「勝手に悪く考えて距離を作るのはやめろ」と言ってきただけ、気づけば相談を持ち掛けられるどころか俺の方が相談していたことになっていたのはあれだが、あの人はまだこういうところを見られていないだけだ。
ここでしつこく絡むことが兄のすることではない。
離れたがっているのならみなまで言われずとも察してこちらから離れてやるぐらいでなければならない。
「我妻君」
「あ、ああ、なんでそんなに怖い顔をしているんだ?」
「だって我妻君は円ちゃんを避けているんだよね? 最近は挨拶ぐらいでまともに話せないって円ちゃんに言われたんだよ?」
最近はと言うが……動き出したばかりなのだが。
マジで一週間も経過していない、あと、露骨に距離を作っていたわけではない。
俺でも寂しくて、離れてやらなければならないなどと考えつつも自分に甘いところが多かった。
「い、言っていいのか? 普通は円と今城の間だけで留めておくことじゃ……」
「円ちゃんからちゃんと許可を貰ったから大丈夫だよ。それより我妻君は人の心配をしている場合じゃないよ、自分が一番しっかりしなければいけないところだよ」
な、なかなか真っすぐに刺してくれるじゃないか……。
こういうところは妹には似ていないな。
「そもそも、いきなりか、彼氏がいるのかどうかを聞くのはよくないと思うけど」
「ああ、それは悪かった」
あの人にも改めて注意されたことだから反省している。
「私はほら、色々と我妻君に見られちゃっているみたいだし……? それに一緒にいる男の子と女の子はお付き合いをしているって教えたはずなんだけどな」
「いやでも、本ばかり読んでいる今城に彼氏がいるわけがないという考えでいるよりもいいだろ?」
「本ばかり読んでいる……」
事実だから仕方がない、ここで嘘をつく意味もない。
「ま、待って、お兄ちゃんそんなことをしたの……?」
「友達のお姉さんかと思ったんだ」
「ち、違うよ。というか、そんなに気になるなら普通に言ってくれればいいのに。お兄ちゃんが女の子に興味を持つなんて初めてのことだね」
「え、そういう興味はないぞ?」
俺は知りたかっただけ、仮にあそこでなにも答えてもらえなくても重ねることはしなかった。
「「じゃ、じゃあなんで?」」
「今度連れてくるみたいだったから今城なら気まずくなくていいと思ったんだ」
って、出る約束だったのだから意味がなかったか。
結構リスクのある選択をした、今城だからなんとかなっているだけで相手によってはやばいことになっていたかもしれない。
「そういうことか、我妻君でも気まずいとかあるんだ?」
「はは、そういうのがなにもないなら先生に心配されるような生徒にはならないよ」
あの人も俺のことで時間を使わなくて済んでお互いにハッピーだった。
でも、現実は違うからこれからも放っておけないところが悪い方に働いてあんな時間が増えていく。
他のもそうだが、教師という仕事も大変だなマジで。
嫌でも関わらなければいけない分、きついかもしれない。
「矢代先生ってちょっと怪しいよね、我妻君のことが好きだったり……ありそう」
「それこそ今城には教えただろ、円ファンなんだってな」
本を読んでいるからか想像が得意になってしまっているのかもしれない。
世話になっていても甘い雰囲気になるようなことはない、それどころか常に呆れられているようなものでしかなかった。
「なんであんなに興味を持ってくれるんだろうね、私なんてただお兄ちゃんと歩いているところを見られただけなのに」
「それはあれだ、円がいい子だからだ。遠くからでも分かるんだろ、それに教師という仕事で俺らぐらいの子どもをよく見ているのも影響しているのかもな」
とはいえ、俺といるところを見たことがきっかけなのが少し引っかかるところか。
どれもこれも俺をなんとかするための作戦だったとしたら――は流石に自意識過剰すぎるか、自惚れだ。
やっぱりただただ円のファンなんだ。
「はは、だけど妹の円ちゃんとは仲良くやれているようで――あ、違うか、どこかのお兄ちゃんのせいで壊されるところか」
「お、おいおい、今城は……」
「うん? なんでそんな顔をするの?」
違う、妹にはなんにも似ていなかった。
彼女はあれだ、あの人に似ている。
こういうときに落とすだけではないというのが上手い。
だから平気で褒めるし、こっちからよく見てくれているみたいに感じてしまう。
これのどこがおまけだよ、こんなおまけがいたら怖いよ。
「とにかく、無駄に避けたりしないように」
「でも、俺といると勉強に集中できないって言ってきたからだぞ?」
「ん? それは我妻君の方から参加しているの?」
「いや、頼まれてだな」
これもしつこく自分の方から参加したことなんてない。
「我妻君がいて集中できないか……それって我妻君とお喋りがしたくなるからじゃない?」
「円、どうなんだ?」
あれ、違うところを見られてしまった。
数秒そのまま待っていたが、結局はその妹が話題を変えたことで前に進んだ。
何故か慌てているように見えて謎だった。
「よう、今日もここには二人でいるのか」
これもう心配だからとかではなくてサボっているのでは……。
あまりにも高頻度すぎる、妹や今城に興味があるのだとしてももう少しぐらいは露骨なところをなんとかした方がいい。
せっかく「矢代先生って格好いいね」とか「矢代先生みたいになりたい」とか言われているぐらいなのに自分から評価を下げてしまったらもったいない。
「おいなんだその――」
「矢代先生!」
「な、なんだ? 今城にしてはハイテンションだが」
突撃してくれて助かったぜ。
というか、教室の両入り口から一番遠いところにいるのによく見えるものだ。
顔に出てしまっていたか、少しぐらいは抑える努力をしないといけない。
「円ちゃんとのこと、なんとかなりました」
なんで敢えて俺らの話をしてしまうのか。
彼女も放っておけない症候群の存在達だったのか?
「ああ、我妻は離れることをやめたのか。今城のおかげだな」
「うーん、だけどあのままでも円ちゃん本人がなんとかしていたと思います」
「そうなのか?」
「はい、お兄ちゃんのことが大好きなんだとすぐに分かりました」
そうかあ……?
いやまあでも、こんな俺にもずっと優しいままでいてくれているから助かっているところもある。
だが、だからこそ無理をさせてしまっていてこの前みたいに少しずつ出てきてしまっているのではないかと不安になる。
完全に壊れてしまう前になんとかしてやりたかったのだが……自惚れでもなんでもなく、逆効果にしかならないと。
その証拠に昨日の夜はすごかった、なんなら布団を持ってきて床で寝ていたぐらいだ。
「なるほどな。まだ円のことをそこまで知ることができているわけではないが、少し気になるところがあったんだ」
「ふふ、我妻君は矢代先生のライバルですね」
家族だからどうしたって一緒にいられる時間はこちらが勝つことになる。
先生はどうしても一緒に円といたいわけだから、うん、ライバルというか邪魔な敵みたいなものだな。
「私は別に円をどうこうしようとしているわけじゃないからな。でも、一緒にいたいのは確かで、そのために我妻に近づいているのはある。だが、勘違いしてくれるなよ我妻、なにがそれが全ての理由というわけじゃないんだ」
なに変なことを気にしているんだこの人。
繋がっている存在、つまり興味を持っている存在と最終的に仲良くなれるのなら人は興味がない人間にだって笑って近づくものだ。
みんなと偏りなく仲良くなんて絶対に無理なのだから合理的なことだと言える。
「いや別に円が理由でいいですよ、そうでもないのに来られていたら怖いですからね」
相手が大人だったらもっとそうだ。
もっと素直になろうや、妹がそうした結果、幸せそうにしているならそれで十分なのだから。
「なにが怖いんだ?」「なにが怖いの?」
「だって俺に興味を持つとかおかしいでしょう?」
あれま、怖い顔で睨まれてしまった。
「ひねくれているわけではないのがそうだった場合よりも厄介だな」
「『普通ですよね?』的な言い方が気になります」
難儀な性格、人間性だなあ。
こういうタイプはいてくれるとありがたいが、自分から自分の人生を大変なものにしてしまうと。
誰かちゃんと吐かせてくれる、そういう悩みを聞いてくれる存在がいなければ潰れていくだけだ。
「仕事に戻る」
「はい」
今城はこちらの肩に滅茶苦茶優しい感じで攻撃を仕掛けてから自分の席に戻った。
逆だったら絶対にこれだけでは済んでいないよなと考えつつ、少しだけ時間をつぶしてから教室をあとにした。
「さて――なんか急に壁ができたな」
座っている状態なら分かりやすく大きい壁だ。
こっちを見下ろしてきている今城はなにをしたいのか。
「そういえば今日、何回かこっちのことを見てきていたよな」
「我妻君が自信を持てるようになるまでは一緒にいなければいけないからね。でも」
「でも?」
「……午前中やお昼休みなんかは近づきづらかった……」
俺なんて他のクラスメイトと盛り上がっている人達よりも余裕で近づけると思うが。
勘違いされたくないからとかならこのまま続けた方がいい。
「そもそも、今城はあの三人と一緒にいたからな」
「あ、そういえばね、お付き合いをしている女の子は円ちゃんのお友達のお姉さんなんだよ」
これは……いままで知らなかっただけか。
「マジ? まあ、そこはやっぱり今城が付き合っていたということでもよかったがな」
「だから今度みんなで集まってみない?」
「その彼氏的にどうなんだ?」
「ちょっと呼んでみてもいい?」
「おう」
スマホをぽちぽちと弄ってから数分後、「待たせた」と。
「最近はよく我妻といるな」
「なあ」
「ん?」
名字と名前を覚えていなくてすまない。
「えっと、我妻円って知っているか?」
「ああ――あの子って我妻の妹だったのか」
「意外なところで繋がっているもんだなあ」
じゃあ、なにかが変わっていたら妹の相手が彼だった、みたいな展開もありえたのか。
「日野君、薫子ちゃんは?」
「薫子なら他の友達と遊びにいっているぞ」
ひのひの……ああ、日野か。
「我妻、その薫子がよくあの子の話をしてくるんだ。だから少し興味が出て一回だけ会ったことがあるんだけど……」
「ん? 今城、日野はどうしたんだ?」
滅茶苦茶冷たい態度だったとか引っぱたかれたとかはないだろうから……。
「さっと隠れられちゃったんだ。薫子ちゃんが何度も『大丈夫だよ』と言っても聞いてもらえなくてね」
へえ、あの妹がそんなことを。
知らない年上に話しかけられてもにこにこ笑みを浮かべて相手をできる妹らしくないな。
「家でもあんな感じなのか?」
「いや全く、今城が来たときも最初こそぎこちなかったが、それからは普通に話せていたからな」
「やっぱり知らない野郎に近づかれたら怖いか」
「それか意識しちゃったから……とか?」
「興味を持ってもらえるのは嬉しいけど、俺には薫子という彼女がいるからな」
なんかちゃんと大切にしていそうでいいな。
いつでも一番に優先は無理でもこういう感じでいてくれたら安心できるだろう。
「お、珍しい組み合わせじゃん」
「俺のせいで来てもらって悪いな」
でも、これでこの件は完全に終わりだ。
「ちょちょ、我妻ってそういうタイプだったの?」
「あと、円と一緒にいてくれてありがとう」
「はは、円ちゃんか――って、ええ!?」
『我妻』という名字だけで「もしかして……」となりそうなものだが。
あ、全く似ていないとか? ありえるな。
「我妻って円ちゃんのお兄さんだったの!?」
「い、一度も家には来たことがないもんな」
「今度、お邪魔させてもらおうとしていたところだったけど……いやー意外なところが繋がっているものだねえ」
話しやすすぎる、これが所謂陽キャラというやつか。
裏はともかく、表ではすぐに合わせられてしまう人間だと。
「今城にも妹さんがいるし、薫子にも妹さんがいる、意外と三人で仲良くできているんじゃないか?」
「それならいいな、円には楽しそうにしていてほしいから」
「お、我妻ってそういう子なんだ。ふんふん、これは円ちゃんに教えたら面白い反応が見られそうだなー」
まあ、恥ずかしい話でも、隠すような話でもないから自由に言ってくれればいい。
とにかく、改めて付き合ってくれたことにお礼を言っておいた。




