02
「す、すまない」
「いえ、だってこれは私が受け入れた結果、こうなっているわけですからね」
あ、ここは先生の家の中だ。
妹よりも先生が心配だったから上がらせてもらったが、別に誰がいようと相手が妹ならこうなってしまうらしい。
なにもこれが初めてというわけでもないのになあ。
「べ、勉強は捗っているか?」
「はい、お兄ちゃんも付き合ってくれますからね」
俺に対するそれをここでも出していけばいいだけなのにこれだ。
「その我妻だが……」
「なにか問題があるんですか? お兄ちゃんなら騒がしくしたり、提出物を忘れてばかりというのもないと思うんですけど……」
騒がしくしないが、だからといって集中できているわけでもない。
まあ、絶望的なまでに終わっているわけではないのはそうだ。
「いや、授業態度なんかに問題はないんだ。ただ、どうしても他の生徒と一緒にいないようにしているから気になるんだよ」
一緒にいないようにしているわけじゃないんだよなあ。
自然とそうなってしまっているだけで、先生なんかは嘘だと言うかもしれないが来てくれれば喜んで相手をする。
放課後のあの時間を邪魔されてむかつくとかもないし、まったりしている放課後が一番いいな。
「あー中学生のときも一年間しか見られませんでしたけど、そうでしたからね」
妹は友達と一緒によく来てくれていた。
その友達とも普通に話せていたからそれを見てくれれば――は無理だとしても、誰かが来てくれればこの疑り深い先生も信じられるはずなのだ。
「今城に期待するしかないな」
その今城は同じように放課後の教室でゆっくりし続けている。
でも、あくまで本にしか意識がいっていないから会話をすることは先生が間に入らない限りはないだろう。
「男の人――あ、女の人なんですね。女の人か……お兄ちゃんにいけるかな」
「多分、この前の感じを見るに無理ではないと思うんだ、普通に話せていたからな」
「じゃあ、その人が相手をしてくれることを願います」
「今城は放課後こそ一人だが、それまでは友達といられているから安心できるんだがなあ」
そうそう、一人の男子と二人の女子の計四人でよく過ごしている。
左端の一番後ろの席だからこそ少し意識を向けるだけでクラスメイトの情報は頭に入ってくるものだ。
「おい、直さなければならない本人が自分は関係ないですよ~的な態度はどうなんだ?」
「俺的には先生が円相手にびくびくしなくなったことが嬉しいですがね」
「こ、こいつ……」
これからもこの調子で仲良くしてもらいたい。
「心配になる生徒だが、私にも仕事があるからな」
「私が同級生か一つ年下だったら中学生のときと同じようにできてよかったのに……」
「円は勉強に集中すればいい、こんなのは俺が自分でなんとかすればいいだけだ」
「もっとも、本人に動く気がないからこうなっているんだがな。はぁ……」
それだ、俺的にもはぁ……だ。
だってさ、待っているだけであってもまさか高校二年の冬現在まで友達がゼロになるとは思わなかったのだ。
なにかの行事をきっかけにとか、俺でも話すことがある係や委員会のことから~みたいなのに期待していたのにゼロだった。
「お兄ちゃんは今城さんの家を知っている……わけがないよね、なんとか一緒にいられるように頼みたかったのに」
「今城もただ放課後に教室で過ごしていただけで話しかけられたら迷惑だろうな」
残念なのかいいことなのか、それでもこれまで一切問題なく過ごせてしまっていることがこれに影響を与えている。
友達が一人でもいなければ死んでしまうような世界ではない限りはこのままだろう。
「先生のせいですね」
「は? ……一応聞いておくがなんでだ?」
「先生となまじ話すことができてしまうからそれで満足してしまっているんですよ」
よく考えてみればというやつだ。
それがあまりにも自然すぎて結局は求めようとしている自分がいないのだ。
「なるほどな……って、おい」
「いや、いつもありがとうございます」
「な、なんだこいつは……」
我妻俊だ。
「矢代先生が先生じゃなくて同級生の人だったらよかったのに」
「待ってくれ、仮に私が生徒なら我妻には話しかけないぞ?」
「ふふ、ツンデレさんですか?」
「あ、我妻、勝手に素直になれない人間ということにされているのだが」
「実際、そうじゃないですか」
「なんで我妻に言われるとこうもむかつくんだ……」
うわ怖いな、距離を作っておこう。
「もう我妻は帰れ」
「はい、それではこれで」
「……って、素直に帰るなよ」
「難しい人ですね……」
妹も全く問題なさそうだし、そろそろいい頃だと思ったのだが。
なるほど、だからこれが先生視点で見た俺と今城みたいな感じなのか。
「円……でいいか?」
「はい」
「少しお腹が空いたからご飯を作るのを手伝ってほしい」
「分かりました」
求められていないから大人しくしておこう。
疑り深い先生のことだから俺はできない前提でいるに違いなかった。
「それ、面白い?」
「いや、面白くはないな」
今日は時間つぶしのために教科書を見ていただけだ。
「ある程度の時間までは残っていてほしい」と先生から頼まれてしまっているからいつもと同じようにはならなかった。
だが、こうして今城が話しかけてきたことで先生の本当の狙いが分かった。
「本を読みたいなら貸してあげようか?」
「いいのか?」
「うん、本ならいっぱい持っているから。ちょっと待ってて」
よく話しかけてこられるなあ。
怖いとか言われたことはなくてもずっと一人でいる人間を見たら普通は警戒するものなのに。
「はいこれ。私、ライトノベルも好きだからこれなら読みやすいと思うよ」
「ありがとな」
「ううん、これで我妻君も本を好きになってくれたら嬉しいから」
というか、仮に本が好きでも放課後に全く誘われないのはなんでだろうか。
「放課後は無理っ、駄目!」と今城がはっきりしているとか?
でも、友達なら一緒に遊びにいきたくなるものだろう。
「な、なにかついていたりする?」
「ああいや、普段一緒にいる友達が誘ってこないことが意外でな」
「よかった、我妻君にもお友達がちゃんといたんだね」
「違う違う、今城の話だぞ?」
「私っ? あ……お友達はいるけど……」
あれ、聞いてはいけないことだったか?
「学校では話すぐらいで一緒に遊びにいったりはしないよ」
「なんかもったいないな、いつも楽しそうなのに」
「な、なんかいっぱい見られちゃったり……しているのかな? とにかく、男の子と女の子の片方がお付き合いをしていて、私ともう一人の女の子はおまけみたいな感じで……」
おまけねえ。
それならそれで今城がすごいという話になってしまう。
我妻俊という男を見てみろ、あいつなんてそんなアウェーの環境なら合わせようとせずに離れるぞ。
まあ、チョロくはあるから一度〇〇してほしいと頼まれてしまえば変わってしまうぐらいだが。
「あ、いや違うか、おまけなのは私ぐらいか」
「そう悪く考えるなよ、それに本当におまけだとしても春頃からここまで一緒にいられているなら十分だろ」
「ふっ、我妻はむっつりスケベだな」
いたのか。
「どこかの担任の先生が最初に席替えしたきりしていないので右を見れば色々なことが分かってしまうというだけですよ」
「席の場所を選んだのは私ではないが、感謝してもらいたいところだがな。友達がいない我妻が例えば真ん中の列になったらきっと泣いてしまう」
真ん中か、移動しやすいといいな。
俺が求めるのはそれぐらいだ、別に賑やかすぎても構わない。
「でも、ぼうっとしているのをやめさせるためにもここは鬼になって放り出ことが大事か」
「まあ、贔屓はよくないですからね、そうなってもいままで通りやっていくだけですよ」
「今城は?」
答えなんかどうでもいいのかもしれない。
「私はできるだけ前の方がいいですね、その方が目も疲れませんから」
「そうか」
彼女の周りには静かな生徒達が集まることを願っておこう。
うんまあ、こういうところは終わっていないと思う。
だから俺にも普通の人っぽいところがあるということで、それを知ることができれば先生も安心できるはずだ。
「っと、戻らないとな」
「頑張ってください……は偉そうかもしれませんが……」
「いや、ありがとう今城」
先生の作戦にいいようにやられても悔しさとかはない。
「これ、明日までに読んでくるよ」
「そんなに急がなくていいよ」
「いや、俺が気になるからそうする、面白かったら二巻目は自分で買うから寄生される心配をしなくていいぞ」
「私は別に我妻君に対して警戒はしていないよ?」
「まあほら、分からないだろうからさ。それじゃあな」
いつものように勉強しているところを見てほしいと頼まれなければ二十時前には読み終えられるか。
寝るまでにある程度の余裕が欲しいため、今日は、
「お兄ちゃん今日もお願いね」
「おう」
うん、頼まれてしまったのなら仕方がない。
「今日も矢代先生とは話せた?」
「ああ、さっき少し話した、あとこれを今城が貸してくれた」
「え、ほ、本を? お兄ちゃんのことだから『貸してくれ』なんて言わないだろうし……」
「俺が暇そうにしていたから貸してくれたみたいだ」
もっとも、面白くはなくても読もうという気持ちがあれば時間は経過する。
なにも今城がすぐに話しかけてきたというわけではないのだ、つまりそこまで悪い選択ではなかった。
「円はどうだったんだ? それこそ前に言っていた友達とか」
「私の方は給食に嫌いな食べ物が出て苦戦したかな、なんとか食べてもらわずに済んだけど」
「偉いな」
俺なんかほとんど話したことがない班員にすら食べてもらっていたぐらいだったのにな。
なんでこうもしっかりした妹が誕生したのかねえ、それとも、俺が異端すぎるのか?
「うぅ……なんでだろう、お兄ちゃんがいてくれているのに駄目だ」
「一人でやりたいタイプなのかもしれないな」
「テスト勉強とか家にいるとき以外は友達とよくやっているんだけど……」
「あ、じゃあ……俺がいるから駄目なのかもしれないな」
そもそも、聞かれるわけでもないし、ただぼうっとしているだけの人間が同じ場所にいてこれまで集中できていた方がおかしいのだ。
「もう少ししたらご飯を作る、できたら呼ぶからがん――とにかく呼ぶよ」
頑張っている相手に「頑張れ」は駄目だ。
というか、妹からすればそれをまんま俺にぶつけたいところだろう。
「ほー兄離れのときがやってきたってことかねえ」
でも、俺的にも先生的にもいいことだよなと。
優先しすぎてしまうところがあるから気になっていたのだ。
会おうと思えば連絡先を交換しているわけだし、すぐに会えるから先生にその点で文句を言われることもないはず。
珍しく俺の中にも寂しさは少しあった。
「今城、ちょっといいか?」
「うん」
友達と話しているところで悪いが、今日に返すって約束だったから我慢してもらうしかない。
「これ、ありがとな」
「はは、本当に読んできたんだ?」
「おう――あ、ペラペラ捲っただけとかじゃないから誤解しないでくれよ?」
普通に面白かったものの、買うまでではなかった。
というか、調べてみたら十九巻ぐらいまで出ているものだったので買いたくなっていたとしてもそこで諦めていたと思う。
「しないよそんなの――あれ?」
「ああ、栞を挟んだままだったか」
流石にそれは返してもらわないとな。
「これ可愛いね、どこで買ったの?」
「妹がくれたものなんだ」
「妹さんは高校一年生? あ、中学生なんだ」
受け取りつつ、もしもの可能性を考えてみる。
「気持ち悪いかもしれないから答えたくないなら答えなくてもいいが、今城は妹がいたりするか?」
いや、違う。
だって妹の話では姉妹同時に男子と付き合い始めたという話だったからだ。
「うん、妹はいるよ、中学三年生の子なんだ。もしかして我妻君の妹さんも?」
「そうなんだ、いま受験生でな」
「もしかしたらお友達かもしれないね」
失礼な想像をしてしまった。
本ばかり読んでいる今城に彼氏がいないなんて決めつけはよくない。
「ということは今城はいま付き合っているんだな」
「ええ!? あっ、か、彼氏なんかいないよ!」
あ、違うみたいだ。
「おい我妻、普段人といないからそういうことになるんだぞ」
「いやあの、円の友達のお姉さんも付き合っているという話だったので」
この人は急に現れるなあ。
なんならそのまま攻撃を仕掛けてきたし、忙しいなら無理をしなくてもいいと思うが。
「そ、そもそもさ、その妹さんのお友達の名字って教えてもらったの?」
「いや知らない」
「ま、まずはそこを聞いてからでもよかったと思うな」
「悪かった、すまん」
「い、いいよ、頭を上げて」
あ、だが……俺が近くにいると集中できないみたいだからどうするか。
積極的に聞くというのも怪しいし、この件はここ止まりではないだろうか。
「相手は円というわけじゃないんだ、もう少し気を付けるべきだ」
「はい」
「それでなんだが……放課後に話したいことがあるから残っておいてくれ」
「はは、はい」
放課後の教室が落ち着くように、家でも同じように休むことができるわけで。
でも、いまはなるべく距離を作ることが大切で。
となると、教室にどれだけいられるかにかかってくるわけだ。
「も、もしかして教師と生徒の禁断の愛……とか?」
ないない、あるわけがない。
「いや、先生は妹のファンなんだ」
「なんだっけ……あ、まどかさん? だよね」
「ああ、漢字は日本円の円だ」
そうだ、相談できる人がいた方がいいから今城にも来てもらうか。
「今城、今日の放課後も教室に残るか?」
「うん」
「だったら先生の用が終わった後に俺の家に来てほしい、妹が会いたがっていたんだ」
「わ、分かった」
少し心配になるが……いまは彼女の優しさに乗っかるしかない。
妹がどんな反応をするのかが気になり始めた。




