不帰の樹海㉓
朝。
目を覚ました時。
エリスはすぐに耳を澄ませた。
昨日より近い。
そう思った。
確信は無い。
だが。
間違いなく近付いている。
「聞こえますか?」
マルグリットが尋ねる。
エリスは頷いた。
「はい」
それだけだった。
もう説明はしない。
出来ないからだ。
出発する。
今日も歩く。
樹海は変わらない。
樹。
霧。
湿った空気。
何も変わらない。
何も。
昼頃。
地面が揺れた。
今度は誰も驚かなかった。
またか。
そう思っただけだった。
だが。
揺れは今までで一番長かった。
樹々が軋む。
枝葉が揺れる。
土が震える。
誰も声を出さない。
揺れが収まるのを待つ。
やがて静かになった。
「嫌な感じっすね」
リナが呟く。
ユーリイも頷いた。
嫌な感じだった。
理由は分からない。
だが。
何かが変わり始めている。
そんな気がした。
午後。
エリスが足を止めた。
今度は何も言わない。
ただ。
森の奥を見ていた。
誰も急かさない。
しばらくして。
エリスが振り返る。
「聞こえませんか?」
全員が耳を澄ます。
最初は何も聞こえなかった。
風。
枝葉。
それだけ。
だが。
「……あ」
リナが顔を上げた。
微かだった。
本当に微かだった。
遠く。
ずっと遠く。
何かが流れている。
「水か?」
ミトゥが呟く。
誰も答えない。
まだ分からない。
だが。
聞こえる。
確かに。
聞こえる。
タッカーが目を閉じた。
「聞こえますね」
初めてだった。
エリス以外にも聞こえた。
沈黙。
そして。
誰かが笑った。
小さな笑いだった。
力の無い笑いだった。
それでも。
久しぶりの笑いだった。
「本当だったんすね」
リナが言う。
エリスは少し困ったように笑った。
信じてもらえないと思っていた。
ずっと。
だから。
少しだけ嬉しかった。
「行きましょう」
ユーリイが言う。
返事は無い。
必要なかった。
全員が前を向いていた。
歩く。
歩く。
歩く。
足は重い。
身体も重い。
それでも。
昨日までより速かった。
希望は体力になる。
誰も知らなかった。
そんな事。
日が傾く。
野営の時間になった。
だが。
今日は少しだけ違った。
焚火を囲みながら。
誰もが森の奥を見ていた。
聞こえる。
今も。
微かに。
本当に微かに。
水の音が。
メローペは静かに目を閉じた。
助かるかもしれない。
そんな事を考えたのは。
樹海へ入ってから初めてだった。
不帰の樹海の夜は長い。
だが。
その夜だけは。
少しだけ短く感じられた。




