不帰の樹海㉒
朝。
目を覚ました時。
エリスはすぐに耳を澄ませた。
聞こえる。
昨日よりも。
少しだけ。
近かった。
「どうですか?」
マルグリットが尋ねる。
エリスは迷った。
自信は無い。
だが。
今までで一番はっきりしていた。
「近付いています」
マルグリットは頷いた。
それだけだった。
それ以上は聞かない。
聞いても分からないからだ。
出発する。
誰も口にはしない。
だが。
進む方向は決まっていた。
エリスの示す方向。
それだけだった。
歩く。
樹海は変わらない。
相変わらず同じ景色。
同じ空気。
同じ霧。
それでも。
昨日までとは違った。
目標があった。
昼頃。
再び地面が揺れた。
今度は昨日より長かった。
全員が足を止める。
樹々が小さく揺れる。
土が震える。
だが。
すぐに収まった。
「またっす」
リナが呟く。
「地震でしょうか」
オーレリアが不安そうに辺りを見る。
誰も答えられない。
ただ。
偶然とは思えなかった。
昨日。
今日。
二日続けている。
ユーリイは地面へ視線を落とした。
僅かな亀裂が走っている。
昨日は無かった。
そんな気がした。
「急ぎましょう」
珍しくクレールが言った。
誰も反対しない。
理由は分からない。
だが。
急がなければならない気がした。
午後。
エリスが足を止めた。
全員が止まる。
耳を澄ませている。
その横顔は真剣だった。
「聞こえます」
誰も声を出さない。
「水です」
沈黙。
風が吹く。
樹々が揺れる。
だが。
誰にも聞こえない。
「本当か?」
ミトゥが尋ねる。
「分かりません」
エリスは正直に答えた。
「でも……水です」
震える声だった。
期待している。
期待するのが怖い。
それでも。
そうとしか思えなかった。
ユーリイは森の奥を見る。
何も見えない。
だが。
今までのような曖昧さは無かった。
「進みましょう」
短く言う。
誰も反対しない。
その日は。
日が沈むまで歩いた。
誰も文句を言わなかった。
疲れている。
空腹だった。
足も痛い。
それでも。
止まりたくなかった。
夜。
焚火を囲む。
炎は小さい。
薪も少ない。
だが。
雰囲気は少しだけ違った。
久しぶりだった。
絶望だけではない夜は。
ミトゥが炎を見ながら呟く。
「川ならいいな」
誰も笑わない。
だが。
何人かが頷いた。
川。
それだけで良かった。
水がある。
目印になる。
進む理由になる。
今の彼らには十分だった。
焚火が小さく揺れる。
その向こうで。
エリスは静かに目を閉じた。
聞こえる。
確かに。
昨日よりも近かった。
何かが。
自分たちを呼んでいるような気がした。




