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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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王城の住人達③

王城の一室。


重い沈黙が続いていた。


会議は終わっている。


だが誰も席を立たない。


部屋にいるのは王室派の貴族達だった。


伯爵。


侯爵。


子爵。


そして軍の高官達。


誰もが疲れた顔をしている。


机の上には報告書が積まれていた。


捜索報告。


救援部隊報告。


未帰還者一覧。


何度読んでも内容は変わらない。


変わらないからこそ苦しかった。


イレーヌ・ブーブ伯爵が報告書を閉じた。


「何故だ」


誰も答えない。


「何故、私が捜索隊に加わってはいけない」


声は低かった。


怒鳴ってはいない。


だが怒りは隠せていなかった。


「王室の一大事だぞ」


部屋の空気が重くなる。


一人の子爵が口を開いた。


「伯爵閣下」


「あなたは軍人として将の身ですが、国家の要人でもあります」


返事はない。


子爵は続ける。


「そして我ら王室派の旗頭でもあります」


「だから何だ」


イレーヌが睨む。


子爵は視線を逸らさなかった。


「ご自重ください」


別の子爵も口を開く。


「そうです」


「二重遭難の可能性もあります」


「救援に向かった精鋭中隊の状況も芳しくありません」


イレーヌの拳が震えた。


そんな事は分かっている。


理解している。


だから余計に腹が立つ。


「だったら」


誰も言葉を挟まない。


「だったら、こんな身分などくそくらえだ!」


机を叩く。


鈍い音が響いた。


誰も動かない。


「私はこういう時に動けないなら!」


「伯爵位も!」


「中将位も!」


「全部捨ててやる!」


静まり返る。


誰もがイレーヌを見ていた。


彼女が本気だと知っているからだ。


権力に執着する人間ではない。


名誉にしがみつく人間でもない。


王家に忠誠を誓い。


国に尽くし。


ただそれだけで生きてきた人間だ。


だから重かった。


年長の侯爵が静かに口を開いた。


「ブーブ殿…」


イレーヌは答えない。


「だから皆が貴女を支えているのです」


沈黙。


「今、王家に必要なのは殿下を探す者だけではありません」


「……」


「殿下がお戻りになった時」


「国を支える者も必要なのです」


イレーヌは目を閉じた。


そんな事は分かっている。


分かっているのだ。


だから苦しい。


もし自分が若い士官だったなら。


馬に乗り。


剣を取り。


樹海へ向かった。


迷う事などなかった。


だが今は違う。


伯爵。


陸軍中将。


王室派筆頭。


その全てが自分を縛る。


「……分かっている」


小さく呟く。


誰も何も言わない。


「分かっているのだ」


その声は掠れていた。


怒りではない。


悔しさだった。


会議は解散となった。


誰もが無言で部屋を出ていく。


最後に残ったのはイレーヌだけだった。


窓の外を見る。


遠い。


あまりにも遠い。


不帰の樹海は王都から遠過ぎた。


イオネ女王の顔が浮かぶ。


アトラスの顔が浮かぶ。


そして。


第四王女メローペの顔が浮かんだ。


「申し訳ありません」


誰に向けた言葉だったのか。


イレーヌ自身にも分からなかった。


ただ。


その夜。


王都で最も権力を持つ女の一人は。


自らの無力さを噛み締めていた。


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