王城の住人達②
王都の中心部。
ボードリー公爵邸。
王城にも劣らぬ広さを持つ屋敷の一室で、数人の貴族達が顔を揃えていた。
窓は閉じられている。
使用人も下げられていた。
誰も大声では話さない。
話題が話題だったからだ。
「まだ戻りませんか」
一人の女伯爵が口を開いた。
「戻らぬでしょうな」
別の貴族が答える。
希望ではない。
予測だった。
不帰の樹海。
その名を知らぬ者はいない。
生還率零に近い場所。
王女が消えた。
救援隊も消えた。
そして一か月。
常識的に考えれば結論は一つだった。
部屋の奥。
ローザ・ボードリー公爵は静かに紅茶を飲んでいた。
誰よりも落ち着いて見える。
だが誰も本心は読めない。
「殿下は惜しい方でした」
誰かが言った。
本当に惜しんでいる者もいた。
そうでない者もいた。
「王家にとっては痛手でしょう」
「ええ」
短い会話だった。
皆が慎重だった。
誰も本音を先に言わない。
ローザがカップを置く。
小さな音が響いた。
それだけで部屋が静まる。
公爵はゆっくりと口を開いた。
「まだ何も決まっておりません」
穏やかな声だった。
「殿下がご無事である可能性もあります」
誰も反論しない。
正論だからだ。
だが。
その場にいる全員が理解していた。
その可能性がどれほど低いか。
「しかし」
ローザは続けた。
「国は備えねばなりません」
視線が集まる。
「万が一に備えるのもまた貴族の務めです」
正しい。
正し過ぎる言葉だった。
だからこそ危険だった。
「王位継承の件ですかな」
年配の侯爵が尋ねる。
ローザは否定もしない。
肯定もしない。
ただ微笑んだ。
「国を混乱させてはなりません」
それだけだった。
だが十分だった。
誰もが意味を理解した。
アトラス。
エレクトラ。
マイア。
王位継承権を持つ王女達。
そして。
それぞれを支える貴族達。
今は誰も口にしない。
だが水面下では既に動き始めている。
一人の伯爵が小さく息を吐いた。
「気が早い話ですな」
「そうでしょうか」
ローザが穏やかに返す。
「私は遅いくらいだと思いますが」
沈黙。
誰も続けなかった。
窓の外では王都の鐘が鳴っている。
平和な午後だった。
だが。
貴族達は知っている。
平和はいつまでも続かない。
王女が一人消えた。
それだけで。
王国は大きく揺れ始めていた。




