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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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王城の住人達①

王城は静かだった。


静か過ぎると言ってもよかった。


誰もが口を閉ざしている。


誰もが同じ事を考えている。


だからこそ口にしない。


玉座の間ではない。


女王の執務室だった。


机の上には報告書が積まれている。


女王イオネ・アデスは、その一枚を静かに閉じた。


「見つからないのですか」


責める声ではなかった。


疲れた声だった。


報告に来ていた文官が頭を下げる。


「はい」


短い返答。


それ以上言う事はない。


言葉を飾ったところで現実は変わらない。


部屋の空気が重くなる。


窓際に立つアトラスが目を伏せた。


王太子。


そしてメローペの姉だった。


「まだ一か月も経っていません」


自分に言い聞かせるような声だった。


文官は答えない。


一か月。


普通の森なら希望はある。


だが。


不帰の樹海は違う。


その事を全員知っていた。


だから誰も口にしない。


イオネは報告書へ視線を落とした。


捜索隊。


失踪者。


未帰還。


同じ文字が並んでいる。


何度も。


何度も。


何度も。


その時だった。


扉が叩かれる。


「失礼いたします」


入って来たのは宰相だった。


年老いた女性である。


イオネが顔を上げる。


「何かありましたか」


「大きな動きはありません」


宰相は答えた。


「ですが」


そこで言葉を切る。


イオネもアトラスも続きを待った。


「王都では噂が広がり始めています」


誰も驚かなかった。


当然だった。


王女失踪。


救援部隊未帰還。


隠し通せる話ではない。


「どのような噂ですか」


アトラスが尋ねる。


「様々です」


宰相は淡々と答えた。


「既に亡くなられた」


「敵国に捕らわれた」


「王家が事実を隠している」


「救援隊ごと見捨てた」


一つ一つ聞くたびにアトラスの表情が曇る。


イオネは黙っていた。


「愚かな」


アトラスが呟く。


「生きているかもしれないのに」


宰相は何も言わない。


それは希望だった。


希望は否定しない。


だが肯定もしない。


それが今の王城だった。


沈黙が落ちる。


しばらくして。


イオネが窓の外を見た。


春の陽射しだった。


王都の人々は今日も生活している。


市場が開く。


子供が遊ぶ。


職人が働く。


何も変わらない。


だが。


変わってしまった者達もいる。


「メローペは」


イオネが小さく呟いた。


アトラスが顔を上げる。


「はい」


「昔から運だけは良かったですね」


少しだけ笑った。


本当に少しだけ。


アトラスも笑った。


「はい」


「よく問題も起こしました」


「はい」


「そして大抵無事でした」


「はい」


今度は少し長く沈黙が続く。


イオネは窓の外を見つめたまま言った。


「今回もそうだと良いのですが」


アトラスは答えなかった。


答えられなかった。


ただ。


そう願っていた。


誰よりも。


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