不帰の樹海⑬
生存者四十八名。
数字だけ見れば増えた。
だが。
森は変わらない。
雨は止んでいた。
それでも湿った空気が身体にまとわりつく。
焚火の前。
ユーリイは火を見つめていた。
数日前まで。
自分達以外の生存者はいないと思っていた。
だが違った。
王女。
近衛兵。
中隊兵。
まだ生きていた。
それだけでも奇跡だった。
「隊長」
タッカーが声を掛ける。
隊長。
そう呼ばれるたび少し違和感があった。
軍曹に過ぎない。
だが今は自分が最先任者だった。
「何だ」
「本当に王女だったんだな」
ユーリイは頷いた。
否定する理由もない。
あの場にいた全員が理解していた。
服装。
徽章。
護衛達の態度。
そして何より。
本人の立ち振る舞い。
偽物であるはずがない。
しばらく沈黙が続く。
焚火が小さく弾けた。
その時。
ふと。
戦死した上官の言葉を思い出した。
『目標は行けば分かる』
樹海へ入る前。
それだけを言われた。
質問しても答えはなかった。
何を探すのか。
何のために行くのか。
誰も知らなかった。
だが。
今なら分かる。
国が秘密裏に自分達を送り込んだ理由。
探し人。
その全て。
第四王女。
メローペ・アデス。
こんな場所に王族がいる理由は分からない。
考えても仕方がない。
だが。
我々の探し人が王女だった。
それだけは確かだった。
ならば。
生きて王都へ帰す。
それが任務なのだろう。
「どうした」
タッカーが尋ねる。
「いや」
ユーリイは首を振った。
「少し考えていただけだ」
タッカーもそれ以上は聞かなかった。
彼もまた理解している。
王女を見つけた。
それで十分だった。
その時。
焚火の向こうから足音が聞こえた。
全員の視線が上がる。
森の闇から現れたのは女性だった。
近衛兵ではない。
側近の一人。
昼間見た顔だった。
オーレリア。
柔らかな雰囲気の女性。
だが。
こんな森を生き延びている時点で只者ではない。
オーレリアは数歩離れた場所で立ち止まった。
「失礼します」
穏やかな声。
それだけで何人かの男達が僅かに緊張した。
女性と話す機会などほとんどない。
まして貴族の女性だ。
オーレリアは小さく頭を下げた。
「先ほどはありがとうございました」
ユーリイが首を傾げる。
「何のことだ」
「食料です」
その言葉で理解した。
少し分けた干し肉。
それだけだった。
「大した量じゃない」
「それでもです」
オーレリアは微笑む。
「皆、とても喜んでいました」
焚火が揺れる。
しばらく沈黙。
気まずい訳ではない。
ただ。
何を話せばいいのか分からないだけだった。
王女の側近。
不能部隊。
本来なら交わることのない人間達。
オーレリアは周囲を見回した。
そして。
少しだけ困ったように笑う。
「皆さん」
「思っていたより普通ですね」
一瞬。
誰も言葉を失った。
次の瞬間。
タッカーが吹き出した。
「何だそりゃ」
数日ぶりだった。
男達の間に小さな笑いが生まれたのは。
森はまだ終わらない。
帰路も分からない。
だが。
今夜だけは。
少しだけ人の温かさを思い出せる夜だった。




