不帰の樹海⑫
生存者二十九名。
森は静かだった。
静かすぎるほどに。
誰も口を開かない。
疲労。
空腹。
緊張。
全てが積み重なっていた。
先頭を進むナターシャが足を止める。
拳を上げる。
全員が身を伏せた。
耳を澄ます。
風。
葉擦れ。
そして――
人の声。
遠い。
だが確かに聞こえた。
ナターシャの表情が変わる。
「……前方」
オーレリアが頷く。
「友軍か」
「分かりません」
ナターシャは即答した。
「ですが、人です」
その言葉だけで十分だった。
隊列が動く。
慎重に。
音を立てないように。
少しずつ。
少しずつ。
森の奥へ進む。
やがて。
前方の木々の向こうに人影が見えた。
全員が武器を構える。
相手も気付いた。
ほぼ同時だった。
双方が立ち止まる。
森の中に緊張が走る。
最初に気付いたのは近衛兵の一人だった。
「……男?」
小さな呟き。
誰もが目を見開く。
男だった。
しかも一人ではない。
十数人。
いや二十人近い。
全員が武装している。
泥だらけ。
血だらけ。
そして。
腕には焼印。
マルグリットの眉が僅かに動く。
「あれが……」
聞いたことはある。
噂もある。
だが見たことはない。
不能部隊。
実在していた。
一方。
向こうもまた動揺していた。
若い男が目を見開いている。
近衛兵。
中隊兵。
そして。
その中央。
護られるように立つ少女。
その服装。
その徽章。
その存在感。
誰もが息を呑む。
まさか。
そんなはずはない。
だが。
若い男が武器を下ろした。
慌てて敬礼する。
周囲の男達も続いた。
「失礼します!」
疲労で掠れた声。
それでも必死だった。
「王国陸軍第八九三部隊所属!」
一拍。
「現時点における最先任者、ユーリイ軍曹です!」
森が静まり返る。
王女側の兵士達が顔を見合わせた。
不能部隊。
それだけでも異様だった。
だが。
その男達が。
王女へ敬礼している。
その光景はどこか不思議だった。
メローペが一歩前へ出る。
「私がメローペ・アデスだ」
男達の表情が固まった。
やはり。
本物だった。
王女だ。
こんな場所にいるはずのない存在。
ユーリイは慌てて頭を下げる。
「ご無事で何よりです、殿下」
それが精一杯だった。
何を言えば良いのか分からない。
まさか本当に見つかるとは思っていなかった。
その時。
マルグリットが一歩前へ出た。
「ユーリイ軍曹」
「はい」
「君達の協力には感謝する」
短く告げる。
そして。
続く言葉は冷静だった。
「だが、野営地は分けて欲しい」
周囲が静まる。
マルグリットは表情を変えない。
「殿下は未婚の王族だ」
「不能部隊とはいえ、男達と同じ場所で夜を明かしたとなれば、後々面倒になる」
タッカーが顔をしかめた。
「……っ」
何か言いかける。
だが。
ユーリイが制した。
「タッカー」
短い声。
タッカーが口を閉じる。
ユーリイは再び敬礼した。
「承知しました」
怒りも不満も見せない。
ただ事実として受け入れる。
「ここより少し離れた場所で陣を張ります」
そして。
静かに続けた。
「何かありましたら、すぐ駆け付けます」
マルグリットが頷いた。
それで話は終わりだった。
やがて。
双方は少し距離を取って野営準備を始める。
森の中。
二つの焚火。
その間にはまだ見えない壁があった。
だが。
数日ぶりだった。
自分達以外の生きた人間と会えたのは。
誰も口にはしなかったが。
それだけで。
少しだけ希望が戻っていた。




