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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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不帰の樹海⑪

その日の空気は重かった。


誰も口数が多くない。


沢は逆へ流れていた。


そして昨日、自分達が付けた印の場所へ戻ってきた。


偶然では説明できない。


だが


説明できないからといって立ち止まる訳にもいかなかった。


「休憩」


オーレリアの声で、一行が足を止める。


全員の顔に疲労が浮かんでいた。


マルグリットは黙って水筒を差し出す。


メローペは礼を言い、それを受け取った。


近くではジゼルが地図を広げている。


何度も見返しているが、答えは見つからないらしい。


「何か分かりましたか?」


オーレリアが尋ねる。


「いいえ」


ジゼルは首を横に振った。


「少なくとも、私の知識では説明が付きません」


珍しい返答だった。


彼女は分からない時ほど仮説を並べる人間だ。


それが無い。


つまり本当に分からないのだろう。


「学者殿が降参とはな」


アデルハイトが苦笑する。


「学者ではありません」


ジゼルは即座に訂正した。


「まだ士官学校卒の近衛です」


「似たようなものだろう」


エリスが肩を竦める。


少しだけ笑いが起きた。


だが長くは続かなかった。


前方警戒に出ていたイヴェットが戻ってきたからだ。


その表情を見た瞬間


オーレリアの目が細くなる。


「何か?」


「人です」


短い報告。


全員の空気が変わる。


敵。


誰もがそう考えた。


「数は?」


「十名以上」


イヴェットは答える。


「こちらへ向かっています」


「敵か?」


「分かりません」


その返答に


オーレリアは少しだけ考えた。


避けられる距離ではない。


ならば


先に見極めるしかない。


「配置につけ」


近衛達が動く。


アデルハイトが剣を抜く。


リュシエンヌは音もなく森へ消える。


マルグリットはメローペの前へ立った。


王女もまた剣へ手を掛ける。


森の奥。


やがて人影が見えた。


一人。


二人。


三人。


さらに後ろにも続く。


疲労した兵士達だった。


軍服は泥だらけ。


顔色も悪い。


だが


隊列だけは崩れていない。


その先頭に立つ女性が足を止めた。


向こうもこちらに気付いたらしい。


張り詰める空気。


雨音だけが聞こえる。


やがて


相手側から声が飛んだ。


「武器を下ろせ!」


よく通る声だった。


「我々はアバディーン・アンガス王国陸軍だ!」


オーレリアは警戒を解かない。


「所属を名乗れ!」


数秒の沈黙。


そして


「第七独立混成中隊所属!」


女性は叫ぶ。


「クレール・ドロワ少尉!」


その名に


オーレリアの目が僅かに見開かれた。


聞いた事がある。


士官学校を優秀な成績で卒業した若手士官。


だが


そんな事よりも。


クレールの視線は別の場所へ向いていた。


メローペだった。


泥に汚れた顔が驚愕に変わる。


「第四王女殿下……?」


その声は震えていた。


生きている。


本当に生きていた。


数秒の沈黙の後


クレールは慌てて敬礼する。


その後ろの兵士達も続いた。


雨が降る。


静かな森の中で。


二つの部隊は、ようやく出会った。


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