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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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不帰の樹海⑩

雨は弱まった。


だが。


森は相変わらず湿っていた。


生存者三十四名。


三人減った。


夜の間だった。


一人は高熱。


一人は傷口の悪化。


もう一人は。


朝になっても目を覚まさなかった。


誰も驚かなかった。


驚く余裕が無かった。


行軍は続く。


「止まるな」


ナターシャの声。


疲労は全員同じだった。


だが。


止まれば終わる。


それだけは誰もが理解していた。


森は静かだった。


静か過ぎた。


鳥の声も少ない。


風も弱い。


ただ。


時折。


遠くから聞こえる。


銃声。


乾いた音。


一発。


二発。


誰も言葉を発しない。


味方か。


敵か。


それすら分からない。


「救援でしょうか」


近衛兵の一人が呟く。


ナターシャは答えない。


代わりにオーレリアが口を開いた。


「分からない」


それだけだった。


期待を持たせない。


持っても意味が無い。


歩く。


ただ歩く。


泥。


雨。


湿気。


そして疲労。


森が全員を削っていく。


昼過ぎ。


再び休憩が命じられた。


倒木の陰。


誰もが無言で座り込む。


メローペも小さく息を吐いた。


その時。


ナターシャが近付いてきた。


「殿下」


敬礼。


メローペが顔を上げる。


「どうした」


ナターシャは少し迷った。


そして。


「申し上げるべきか悩みました」


低い声。


「ですが、お伝えいたします」


周囲の空気が変わる。


「昨日」


「我々が合流する前」


「北東方向より銃声を確認しております」


メローペの表情が変わる。


「救援部隊か」


「分かりません」


ナターシャは首を振る。


「ただ」


視線を森へ向ける。


「その後、聞こえなくなりました」


沈黙。


誰も口を開かない。


答えは分かっていた。


森では。


聞こえなくなるということは。


そういうことだった。


マルグリットが拳を握る。


オーレリアは目を閉じた。


リュシエンヌも視線を落とす。


救援は来ていた。


来ていたのだ。


だが。


届かなかった。


その事実だけが重く残る。


その時だった。


遠くで。


再び銃声が鳴った。


全員が顔を上げる。


一発。


二発。


三発。


今度は近い。


ナターシャが即座に立ち上がる。


「移動します!」


疲労も。


休憩も。


関係ない。


全員が武器を掴む。


森の奥。


見えないどこかで。


まだ誰かが戦っている。


生存者三十四名。


その数字は。


まだ減り続けていた。

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