不帰の樹海⑨
夜は静かだった。
静か過ぎた。
雨は弱くなっていたが、完全には止まない。
木々の葉から落ちる雫が、絶え間なく地面を叩いている。
焚き火は無い。
明かりも無い。
全員が闇の中で身を寄せ合うように休んでいた。
それでも
誰も深くは眠れなかった。
敵がいるかもしれない。
森そのものが危険かもしれない。
その不安が常に付きまとっている。
メローペも眠れなかった。
目を閉じても。
昼間見た光景が浮かぶ。
倒れた兵士
血
爆発
悲鳴
胸の奥が重い。
「……眠れませんか?」
小さな声。
振り向くと、マルグリットだった。
見張り交代の時間らしい。
「少しな」
メローペは苦笑した。
「情けない話だ」
「そんな事ありません」
マルグリットは静かに首を振る。
「今日一日で経験した事を考えれば、当然です」
その声は優しかった。
昔から変わらない。
メローペは小さく息を吐く。
「皆はどうしている?」
「ほとんど起きています」
マルグリットも苦笑した。
「オーレリアは三回ほど周辺を確認していますし」
「やりそうだな」
「ジゼルは暗い中で地図を見ています」
「やりそうだ」
少しだけ笑みが浮かぶ。
その時だった。
遠くで。
何かが鳴いた。
全員の身体が強張る。
聞いた事のない声だった。
獣。
そう表現するには不気味過ぎる。
長く
低く
まるで森そのものが唸っているような音。
沈黙。
誰も言葉を発しない。
再び鳴き声。
今度は少し近い。
メローペは無意識に剣へ手を伸ばした。
「……何だ?」
「分かりません」
マルグリットの声も硬い。
近くでは見張りに立つアデルハイトが森を睨んでいた。
イヴェットも耳を澄ませている。
だが
それ以上は聞こえなかった。
やがて再び静寂が戻る。
「気のせい……ではありませんよね?」
マチアドが小声で呟く。
「気のせいなら良かったのですが」
ジゼルも珍しく不安そうだった。
オーレリアはしばらく森を見つめていたが、
やがて静かに言った。
「明日の夜からは見張りを増やします」
反論は無い。
誰もが同じ事を考えていた。
この森は異常だ。
戦場だからではない。
もっと根本的な何かがおかしい。
人が近付かない理由がある。
そんな気がしてならなかった。
その夜。
結局大きな異変は起きなかった。
だが
誰も安眠できなかった。




