不帰の樹海⑨
雨は止まなかった。
森は暗い。
昼か夜かすら曖昧だった。
行軍再開から数時間。
生存者三十七名。
第四王女メローペ。
側近達。
近衛兵。
そして救援中隊の生き残り。
それだけだった。
誰も口数は多くない。
歩くだけで体力を奪われる。
泥が靴を引く。
湿気が肺へまとわりつく。
「前方異常なし」
先行していた中隊兵が戻る。
ナターシャが頷いた。
「五分休憩」
その言葉に。
何人かがその場へ座り込んだ。
近衛も。
中隊兵も。
限界が近い。
メローペも倒木へ腰を下ろした。
マルグリットが周囲を警戒する。
オーレリアはナターシャへ近付いた。
「聞きたいことがある」
ナターシャが振り返る。
「はい」
「救援部隊は何名投入された」
ナターシャは少し考えた。
「正確な総数は存じません」
「ですが」
言葉を選ぶ。
「我々第七独立混成中隊から二個小隊」
「他部隊からも捜索隊が編成されていたと聞いております」
オーレリアの眉が動く。
「それだけ投入されていて」
森を見る。
「誰も来ないのか」
沈黙。
雨音だけが続く。
やがてナターシャが答えた。
「分かりません」
「ですが」
そこで言葉を切る。
「この森は普通ではありません」
それだけだった。
十分だった。
誰もが理解している。
迷う。
消える。
死ぬ。
この森ではそれが当たり前だった。
少し離れた場所。
メローペは小柄な一等兵を見ていた。
泥だらけ。
疲労困憊。
だが。
どこか見覚えがある。
「君」
声を掛ける。
一等兵が慌てて立ち上がった。
「は、はいっす!」
その反応に。
周囲が少しだけ和む。
「名前は」
「セリナ・ロスニー上等兵っす」
「上等兵?」
メローペが目を瞬く。
「はいっす」
「普段は別部隊なんすけど」
「途中から第三小隊に合流してたっす」
緊張しているのか。
言葉が妙に早い。
メローペは小さく笑った。
久しぶりだった。
自然に笑ったのは。
リナが目を丸くする。
「な、なんすか」
「いや」
メローペは首を振る。
「少し安心しただけだ」
その言葉に。
リナは困ったように頭を掻いた。
だが。
その空気は長く続かなかった。
遠くで。
何かが鳴いた。
誰も知らない鳴き声。
中隊兵が立ち上がる。
近衛も武器を握る。
森が静かになった。
鳥の声が消える。
ナターシャの顔が険しくなる。
「移動します」
即答だった。
「急ぎます」
誰も異論は無い。
生存者三十七名。
だが。
その数字が増える気は。
誰もしなかった。




