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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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不帰の樹海⑧

その日は、それ以上敵と遭遇する事はなかった。


だが


誰一人として安心はしていない。


森は静か過ぎた。


静か過ぎるという事は、それだけで不気味だった。


雨は夕方になっても止まず。


薄暗い空は、そのまま夜へ沈もうとしている。


「……日没まで一時間ほどです」


ジゼルが空を見上げながら言った。


木々が邪魔をして正確な時刻は分からない。


それでも長年の経験で、ある程度は判断できる。


オーレリアは小さく頷いた。


「野営場所を探します」


誰も反対しなかった。


この暗さで移動を続けるのは危険だった。





方向喪失


何が起きてもおかしくない。


やがて


少し開けた場所が見つかった。


周囲を大木に囲まれた小さな空間。


見通しは悪い。


だが逆に言えば、敵も接近しなければ見えない。


「ここにします」


オーレリアが決断した。


全員が無言で動き始める。


見張り位置の確保


周辺確認


負傷者確認


火は使わない。


煙は目立つ。


光も危険だった。


メローペも手伝おうとしたが、


「殿下はお休み下さい」


マルグリットに止められた。


「しかし」


「休むのも仕事です」


即答だった。


有無を言わせない声音。


メローペは小さく息を吐いた。


「……分かった」


近くの倒木へ腰を下ろす。


その瞬間


全身から疲労が押し寄せてきた。


足が重い。


肩も痛い。


こんな疲労は初めてだった。


「どうぞ」


小さな水筒が差し出される。


ジゼルだった。


「ありがとう」


「いえ」


彼女も疲れているはずだった。


だが眼鏡を外し、濡れたレンズを丁寧に拭いている。


その姿は、どこか日常的だった。


「本当に学者になりたいのだな」


メローペが言う。


ジゼルは少し笑った。


「はい」


即答だった。


「戦場より本の方が好きです」


「正直だな」


「向いていませんので」


周囲で小さな笑いが漏れる。


マチアドが肩を震わせていた。


「ジゼル先輩、士官学校でもそう言ってましたよね」


「事実だから仕方ありません」


「なのに射撃は学年一位だったじゃないですか」


「それとこれとは別です」


ジゼルは真顔で答えた。


そのやり取りに


メローペも少しだけ笑う。


戦場にいる事を、一瞬忘れそうになる。


だが


その空気を切り裂くように


イヴェットが低く声を発した。


「……何かいる」


全員の表情が変わる。


笑いが消える。


オーレリアが立ち上がる。


アデルハイトが剣へ手を伸ばす。


リュシエンヌは既に森を見ていた。


静寂。


雨音。


風。


その奥


確かに何かが動いた。


人か。


獣か。


敵か。


誰にも分からない。


だが


いる。


それだけは確かだった。


オーレリアは静かに短剣を抜く。


「総員、警戒」


低い声。


その瞬間


森の闇が、急に近付いたような気がした。


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