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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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不帰の樹海⑦

移動は再開された。


だが


空気は先程までとは明らかに違っていた。


誰もが理解している。


敵もまた、この森へ入ってきている。


そして


もう“前線”など存在しない。


敵も味方も。


ただ森の中で、生き残ろうとしているだけだった。


雨は止まない。


樹々は空を覆い、昼だというのに薄暗い。


湿った空気が肺へ絡みつく。


濡れた軍服は重く。


足元の泥は、一歩ごとに体力を奪っていった。


誰も会話をしない。


必要な言葉だけ。


それ以外は全て削ぎ落とされていた。


先頭を行くオーレリアが立ち止まる。


片手を上げる。


全員が足を止めた。


「どうした?」


マルグリットが小声で問う。


オーレリアは周囲を見回した。


「……静か過ぎます」


その言葉に


イヴェットも眉をひそめる。


「確かに」


先程まで聞こえていた鳥の声が無い。


虫の羽音も無い。


雨音だけ。


森そのものが息を潜めているようだった。


メローペは無意識に周囲を見回した。


薄暗い森。


濡れた樹木。


どこまでも続く緑。


方向感覚は既に失われつつある。


「地図は?」


オーレリアが問う。


ジゼルが素早く防水袋から地図を取り出した。


だが


表情は明るくない。


「……あまり参考になりません」


「理由は?」


「この辺りは測量が不十分です」


ジゼルは地図を指差す。


「そもそも人が入らない地域ですので」


その言葉に


小さな沈黙が落ちる。


誰も口にはしなかった。


だが全員が思っていた。


この森はおかしい。


戦場から離れているはずなのに。


生き物の気配が少な過ぎる。


「まるで……」


マチアドが呟く。


「誰も近付かない場所みたいですね」


「実際、近付かないのでしょう」


ジゼルが答える。


「東部国境地帯は昔から未開地域が多いですから」


「学者らしい答えだな」


エリスが小さく笑った。


その時だった。


前方を歩いていたリュシエンヌが、ふと立ち止まる。


視線は地面。


全員がそちらを見る。


泥の上に。


足跡があった。


新しい。


雨で消えていない。


人間のものだった。


オーレリアがしゃがみ込む。


指先で泥をなぞる。


「……複数」


低い声。


「しかも最近です」


メローペの胸がざわつく。


敵か。


味方か。


それとも。


別の何かか。


「追いますか?」


アデルハイトが問う。


オーレリアは首を横へ振った。


「いいえ」


即答だった。


「今は殿下の安全が最優先です」


そう言いながらも。


彼女の表情は険しい。


誰かがいる。


それだけは確かだった。


そして


その誰かもまた、この森を移動している。


雨が降る。


森が軋む。


誰も知らなかった。


その足跡の主が。


彼女達の運命を大きく変える存在になる事を。


まだ誰も。


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