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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊


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72/161

王城の住民達⓪

王都アヴァロン。


王城西棟。


軍務省会議室。


室内を重苦しい空気が支配していた。


机の上には地図。


その周囲には軍人と貴族達が並んでいる。


誰一人として明るい顔をしていなかった。


窓の外では穏やかな春の日差しが差し込んでいる。


だが、この部屋だけは別世界だった。


「報告を聞こうか」


静かな声。


国務大臣イレーヌ・ブーブ伯爵だった。


決して大きな声ではない。


それでも会議室の視線が自然と集まる。


軍務卿が資料を開いた。


「第四王女殿下捜索作戦の進捗です」


「続けてくれ」


軍務卿が頷く。


「現在までに捜索部隊五個小隊を投入」


「総兵力は約二百名」


「捜索範囲は樹海南東部から中央部周辺」


「ですが——」


そこで言葉が止まった。


誰も急かさない。


だが結論は分かっている。


「成果なしです」


沈黙。


誰も声を上げない。


上げられない。


二百名。


決して少ない兵力ではない。


それでも見つからない。


不帰の樹海とはそういう場所だった。


老将軍が腕を組む。


「厳しいな」


「はい」


軍務卿が短く答えた。


別の貴族が小さくため息をつく。


「だから申し上げたのです」


「王族を前線へ出すべきではないと」


誰も反論しなかった。


正論だったからだ。


第四王女メローペは近衛を率いて前線へ赴いた。


その結果がこれだ。


今さら責任論を語っても仕方がない。


だが後悔する者は多かった。


イレーヌは机上の地図を見つめたまま言う。


「今は殿下を連れ戻すことを考えよう」


「責任の話は、その後でいい」


誰も異論を唱えない。


その通りだった。


再び沈黙が落ちる。


やがて老将軍が口を開いた。


「もう打つ手はないのか?」


その時だった。


会議室の端。


若い参謀が小さく手を挙げた。


「あの……」


視線が集まる。


若い参謀は一瞬だけ肩を震わせた。


「クレマン」


イレーヌが声を掛ける。


「はい」


「落ち着け」


静かな声だった。


「報告は最後まで聞く」


「だから順番に話してくれ」


クレマンの肩から少し力が抜けた。


「ありがとうございます」


一礼。


そして資料を開く。


「実は、追加で一個小隊を投入しております」


会議室がざわついた。


軍務卿が眉をひそめる。


「聞いておらんぞ」


「私とレニエ中佐の連名で承認しました」


「どこの部隊だ?」


クレマンは資料へ視線を落とす。


そして答えた。


「第八九三小隊です」


数人の文官が首を傾げる。


聞き覚えがない。


だが


軍人達の反応は違った。


「ああ……」


老将軍が小さく呟く。


「八九三か」


別の将官も顔をしかめた。


「不能部隊です」


その言葉に数人の若い文官が顔を見合わせる。


知らない者もいる。


聞いたことがあるだけの者もいる。


イレーヌは静かに尋ねた。


「現在も存在していたのか」


「はい」


クレマンが頷く。


「規模は小さいですが」


「正式な陸軍部隊です」


再び沈黙。


期待している者はいない。


だが否定する者もいない。


今は一人でも多く人手が欲しかった。


老将軍が苦い顔で呟く。


「ネメシスの置き土産か」


数名が反応した。


だが若い者達には分からない。


クレマンも首を傾げている。


老将軍はそれ以上語らなかった。


イレーヌが尋ねる。


「ネメシス・ペルサキス大佐だったな」


「ご存知でしたか」


「名前くらいはな」


イレーヌは短く答えた。


軍人として有名だったわけではない。


政治の世界でも既に過去の人間だ。


左遷された教官。


多くの者にとってはその程度の認識だった。


「期待はできん」


老将軍が言う。


誰も否定しない。


不帰の樹海だ。


精鋭中隊ですら成果を上げられない。


不能部隊一個小隊に何ができる。


それが常識だった。


だが


老将軍は少しだけ考えて続けた。


「だが」


「何かが起きるとしたら、案外ああいう連中かもしれんな」


会議室は静まり返る。


誰も返事をしなかった。


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