王城の住民達⓪
王都アヴァロン。
王城西棟。
軍務省会議室。
室内を重苦しい空気が支配していた。
机の上には地図。
その周囲には軍人と貴族達が並んでいる。
誰一人として明るい顔をしていなかった。
窓の外では穏やかな春の日差しが差し込んでいる。
だが、この部屋だけは別世界だった。
「報告を聞こうか」
静かな声。
国務大臣イレーヌ・ブーブ伯爵だった。
決して大きな声ではない。
それでも会議室の視線が自然と集まる。
軍務卿が資料を開いた。
「第四王女殿下捜索作戦の進捗です」
「続けてくれ」
軍務卿が頷く。
「現在までに捜索部隊五個小隊を投入」
「総兵力は約二百名」
「捜索範囲は樹海南東部から中央部周辺」
「ですが——」
そこで言葉が止まった。
誰も急かさない。
だが結論は分かっている。
「成果なしです」
沈黙。
誰も声を上げない。
上げられない。
二百名。
決して少ない兵力ではない。
それでも見つからない。
不帰の樹海とはそういう場所だった。
老将軍が腕を組む。
「厳しいな」
「はい」
軍務卿が短く答えた。
別の貴族が小さくため息をつく。
「だから申し上げたのです」
「王族を前線へ出すべきではないと」
誰も反論しなかった。
正論だったからだ。
第四王女メローペは近衛を率いて前線へ赴いた。
その結果がこれだ。
今さら責任論を語っても仕方がない。
だが後悔する者は多かった。
イレーヌは机上の地図を見つめたまま言う。
「今は殿下を連れ戻すことを考えよう」
「責任の話は、その後でいい」
誰も異論を唱えない。
その通りだった。
再び沈黙が落ちる。
やがて老将軍が口を開いた。
「もう打つ手はないのか?」
その時だった。
会議室の端。
若い参謀が小さく手を挙げた。
「あの……」
視線が集まる。
若い参謀は一瞬だけ肩を震わせた。
「クレマン」
イレーヌが声を掛ける。
「はい」
「落ち着け」
静かな声だった。
「報告は最後まで聞く」
「だから順番に話してくれ」
クレマンの肩から少し力が抜けた。
「ありがとうございます」
一礼。
そして資料を開く。
「実は、追加で一個小隊を投入しております」
会議室がざわついた。
軍務卿が眉をひそめる。
「聞いておらんぞ」
「私とレニエ中佐の連名で承認しました」
「どこの部隊だ?」
クレマンは資料へ視線を落とす。
そして答えた。
「第八九三小隊です」
数人の文官が首を傾げる。
聞き覚えがない。
だが
軍人達の反応は違った。
「ああ……」
老将軍が小さく呟く。
「八九三か」
別の将官も顔をしかめた。
「不能部隊です」
その言葉に数人の若い文官が顔を見合わせる。
知らない者もいる。
聞いたことがあるだけの者もいる。
イレーヌは静かに尋ねた。
「現在も存在していたのか」
「はい」
クレマンが頷く。
「規模は小さいですが」
「正式な陸軍部隊です」
再び沈黙。
期待している者はいない。
だが否定する者もいない。
今は一人でも多く人手が欲しかった。
老将軍が苦い顔で呟く。
「ネメシスの置き土産か」
数名が反応した。
だが若い者達には分からない。
クレマンも首を傾げている。
老将軍はそれ以上語らなかった。
イレーヌが尋ねる。
「ネメシス・ペルサキス大佐だったな」
「ご存知でしたか」
「名前くらいはな」
イレーヌは短く答えた。
軍人として有名だったわけではない。
政治の世界でも既に過去の人間だ。
左遷された教官。
多くの者にとってはその程度の認識だった。
「期待はできん」
老将軍が言う。
誰も否定しない。
不帰の樹海だ。
精鋭中隊ですら成果を上げられない。
不能部隊一個小隊に何ができる。
それが常識だった。
だが
老将軍は少しだけ考えて続けた。
「だが」
「何かが起きるとしたら、案外ああいう連中かもしれんな」
会議室は静まり返る。
誰も返事をしなかった。




