共同墓地
EP7 共同墓地(完成版)
石の匂い。
乾いた風。
足元で砂が鳴る。
踏みしめるたび、わずかに沈む。
音は小さい。
だが、消えない。
視線の先に、岩がある。
巨大な一枚岩。
削り出された平面。
そこに刻まれている。
名前。
ただ、名前だけが並ぶ。
整然と。
隙間なく。
数は、およそ二百。
数えなくても分かる。
見れば、それだけある。
個別の墓ではない。
一つにまとめられた死。
区別はない。
階級も、役割も、関係ない。
刻まれた瞬間に、全て同じになる。
――
「……来てたんすね」
リナが声をかける。
振り返ったのは、一人の女。
中佐。
年はまだ若い。
リナとそう変わらない。
だが、立ち方が違う。
揺れない。
「ああ」
短く答える。
「毎年、この時期にはな」
言い方は淡々としている。
義務のようでもあり。
習慣のようでもある。
だが、軽くはない。
視線は碑のまま。
動かない。
どこか一つを見ているわけではない。
それでも、外さない。
リナも隣に立つ。
少しだけ距離を空けて。
同じ方向を見る。
何も言わない。
言葉が必要な場所ではなかった。
――
風が吹く。
草が揺れる。
乾いた音が続く。
石に当たって、わずかに変わる。
――
「……多いっすね」
ぽつりと言う。
中佐は答えない。
必要がない。
数ではないと、分かっているからだ。
――
リナの視線が止まる。
見慣れた名前。
何度も見た。
何度も思い出した。
忘れるはずがない。
石に刻まれても。
消えない。
――
「……あいつも、ここっすね」
中佐は小さく頷く。
「ああ」
それだけ。
余計な言葉はない。
――
沈黙。
――
「……止まれなかったっすね」
リナが言う。
独り言のように。
確認するように。
中佐は静かに答える。
「ああ」
一拍。
「止まれなかった」
さらに。
「止まらなかった」
――
違いは分かっている。
命令か。
選択か。
――
だが、あの場所では同じだった。
止まれば、終わる。
それだけだった。
――
リナは目を閉じる。
背中の重み。
肩にかかる腕。
崩れそうな体。
息が乱れる。
足が止まりかける。
それでも進む。
進ませる。
手を離せば終わる。
離さなくても終わるかもしれない。
それでも離さない。
――
音。
呼吸。
足音。
遠くの叫び。
近くの倒れる音。
――
振り返らない。
振り返れば、何かが崩れる。
――
「……だから」
目を開く。
「止まるなって言ってるっす」
中佐は小さく笑う。
ほんの一瞬だけ。
「らしいな」
否定はしない。
肯定も強くはしない。
ただ、受け取る。
――
しばらく、二人は何も言わない。
ただ、そこに立っている。
時間だけが流れる。
誰も来ない。
誰もいない。
それでも、ここにはいる。
名前だけになった者たちが。
――
風がまた吹く。
草が揺れる。
同じ音。
変わらない音。
――
「……帰るっすか」
リナが言う。
「ああ」
中佐が答える。
短く。
迷いなく。
二人は背を向ける。
歩き出す。
足音が重なる。
砂が鳴る。
来た時と同じ音。
――
振り返らない。
振り返ったら、止まる。
それを知っている。
――
だから、前を見る。
それしか出来ないからではない。
それを選んでいるからだ。




