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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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依頼

「……これ」


差し出された包みを、無言で受け取る。


ずしりとした重み。


まだ温かい。


布越しに、油がわずかに染みている。


ほんのわずかに匂いを嗅いで――顔をしかめた。


甘い。


酸味。


そして、何かが焦げた匂い。


混ざり方が良くない。


「……これは何だ?」


「うなぎとサツマイモのケチャップ炒めのサンドイッチだ」


一瞬の沈黙。


理解を拒むような間。


そのまま押し返す。


「却下だ。他に用がないなら帰るぞ」


「……ん」


気にした様子もなく、サンドイッチを自分でかじる。


躊躇がない。


噛む。


飲み込む。


「……それ、本気で食わせる気だったのか?」


「旨いぞ」


「そういう問題じゃない」


店の中に、パンの匂いが満ちている。


焼きたての香り。


小麦の甘さ。


焦げの苦味。


それらに混ざる、さっきの異物。


空気が少しだけ歪む。


タッカーは気にしない。


もう一口、かじる。


「慣れればいける」


「慣れたくない」


短いやり取り。


それで終わる。


いつものことだった。


――


だが。


次に差し出されたものは違った。


懐から、一枚の紙。


無造作に見えるが、扱いは雑ではない。


「……こっちが本題だ」


受け取る。


紙は薄い。


だが、質がいい。


手触りが違う。


一般に出回るものではない。


指先に残る感触。


それだけで分かる。


「……どこからだ」


まだ開かないまま、問う。


「王都。正規の流れじゃねぇ」


「だろうな」


短く返す。


そこで初めて、紙を開く。


視線を落とす。


沈黙。


さっきまでの空気が、消える。


音が遠のく。


パンの焼ける音。


外のざわめき。


すべてが、一歩引く。


残るのは文字だけ。


簡潔だった。


呼び出し。


指名。


ユーリイ・シーゲル。


余計な説明はない。


理由もない。


ただ、来いと書いてある。


それだけで十分だった。


「……俺か」


「ああ」


「理由は」


「知らん」


即答。


一切の濁りがない。


小さく息を吐く。


「……知ってて持ってきた顔じゃないな」


「俺は運んだだけだ」


「便利な立場だな」


「そうでもない」


間。


サンドイッチをかじる音だけが響く。


場違いな音。


だが、止まらない。


紙をもう一度見る。


読み返す必要はない。


意味は一瞬で理解している。


それでも視線を落とす。


「断れるか?」


「無理だな」


「……だろうな」


短く呟く。


視線を上げる。


窓の外。


いつもの街。


女たちの笑い声。


子供の走る音。


呼び込みの声。


パンを焼く匂い。


どこにでもある、平凡な日常。


少し前まで、自分がいた場所。


それを一瞬だけ見る。


長くは見ない。


意味がないからだ。


視線を戻す。


紙に。


現実に。


「……いつだ」


「すぐだ。準備の時間は、ほとんどねぇ」


「そうか」


迷いはない。


考える余地もない。


あっても、変わらない。


「分かった。行く」


短く言う。


それで終わりだった。


小さく頷く気配。


「……そう言うと思った」


「他に選択肢がない」


「違うな」


一瞬だけ、視線が上がる。


タッカーを見る。


いつもと同じ顔。


だが、少しだけ違う。


「お前は、そういうのを選ぶ」


沈黙。


否定はしない。


肯定もしない。


ただ、紙を折る。


懐に入れる。


それで十分だった。


――


さっきまでのサンドイッチの匂いが、まだ残っている。


甘い。


重い。


場違いな味。


それでも、もうどうでもよかった。


現実は、もう別の場所にあった。


――


タッカーが最後に一口、かじる。


飲み込む。


「……行くなら、食ってけ」


「いらん」


「そうか」


それ以上は言わない。


引き止めない。


分かっているからだ。


止まらないことを。


止まらない人間だということを。


――


ユーリイは立ち上がる。


椅子がわずかに鳴る。


それだけの音。


振り返らない。


扉に手をかける。


一瞬だけ止まる。


何かを確認するように。


だが、何も言わない。


そのまま外に出る。


光。


雑踏。


変わらない街。


変わらない音。


――


だが。


もう、戻らない。


足は止まらない。


止めない。


それを選んだからだ。

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