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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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吠える犬

港湾区の朝は早い。


昨夜の騒ぎが嘘のように。


荷車が動き。


怒鳴り声が飛び。


女達が働いている。


壊れても。


腐っても。


街は動く。


それが王都だった。


ーーー


「……まだいたんですか?」


ユーリイが呆れた声を出す。


倉庫街の一角。


木箱へ腰掛け、書類を睨んでいる女がいた。


軍帽。


灰色の軍装。


そして。


やる気の無さそうな顔。


ポリーナ准尉だった。


「ん?」


ポリーナが顔を上げる。


「ああ、893部隊のユーリイ君だったか」


紙をめくりながら、面倒臭そうに続ける。


「今回は活躍だったねぇ」


「なぜ私がここに残ってるか?」


深く溜め息。


「帰ったら仕事しないといけないじゃないか」


リナが吹き出した。


「准尉殿、それ仕事中っすよね?」


「違う」


即答だった。


「これは後始末だ」


「仕事とは別物だ」


リュシエンヌが小さく首を傾げる。


「あれじゃないですか?」


「有能な怠け者ってやつ」


ポリーナが嫌そうな顔をした。


「酷い評価だなぁ」


「否定はしないけど」


リナがぼそっと呟く。


「この人やり手の准尉殿っすよね?」


「一応な」


ポリーナは書類へ視線を戻す。


「私は所詮犬だから」


「手綱握ってないと、勝手な事を始めるのさ」


「結局言いたいことは、仕事したくないって事っすよね?」


「その通り」


また即答。


リナがげらげら笑う。


ーーー


その時。


部下の憲兵が駆け寄ってきた。


「准尉殿!」


「例の倉庫ですが――」


「燃え残りから帳簿を回収しました!」


ポリーナの目付きが変わる。


さっきまでの気怠さが消える。


「どこの帳簿だ」


「港湾区西側流通分です!」


「……持って来い」


短い。


だが。


空気が鋭い。


リナが小さく目を丸くする。


「……おぉ」


「お! 急に無気力役人がやり手の軍人になったっす」


「さっきから失礼な小娘だなぁ」


ポリーナは面倒臭そうに立ち上がる。


だが。


その目は既に仕事の目だった。


ユーリイはその姿を見ながら、小さく呟く。


「……現場の人間だな」


ポリーナは鼻で笑った。


「上でふんぞり返るのは性に合わん」


「泥と埃まみれで吠えてるくらいが丁度いいのさ」


そして。


少しだけ真面目な顔になる。


「君達も気を付けろ」


「今回潰れたのは末端だ」


「上はまだ生きてる」


「特に――」


そこで一瞬だけ言葉を切る。


「……いや、やめておこう」


ユーリイが眉を寄せる。


「何です?」


ポリーナは小さく笑う。


「私は犬だからな」


「勝手に喋ると怒られる」


そう言って軍帽を被り直す。


「さて、働くか……」


本当に嫌そうな声だった。


だが。


その背中は妙に頼もしかった。


リナがぼそっと呟く。


「なんか地味に格好良い人っすねぇ」


「地味は余計だ」


振り返らずに返事だけ飛んできた。


そのまま。


王都の掃除屋は、煙の残る港湾区へ消えていった。


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