帰る場所
港湾区の騒ぎが収まった頃には。
空は白み始めていた。
潮風が吹く。
煙の匂い。
焦げた木材。
そして。
かすかに残る薬品臭。
だが。
街はまだ生きていた。
荷車が動き。
怒鳴り声が響き。
女達が瓦礫を片付けている。
裏町は。
簡単には死なない。
ーーー
ラローザは煙管へ火を付けながら、小さく息を吐いた。
「今回は世話になったわ」
ユーリイは肩を竦める。
「いや、俺はただ仕事をしただけだ」
「ふふ」
ラローザが少し笑う。
「うちの子達より強い男って、初めて見たけどねぇ」
煙を吐く。
その目が少しだけ柔らかくなった。
「男に守られるってのも……初めてだけど」
ユーリイも小さく笑った。
「なかなか悪くないだろ?」
ラローザが一瞬目を丸くする。
そして。
「あっは……」
肩を震わせながら笑った。
「言うようになったじゃないか」
「今のは少しドキッとしたよ」
リナが横でニヤニヤしていた。
「おやおやっすねぇ」
「黙れ」
即答だった。
ラローザが声を上げて笑う。
「あっはっはは!」
「あんたらは本当に面白いねぇ」
そして。
少しだけ優しい顔になる。
「あんた、表の世界に飽きたらここに来な」
「居場所を作ってやるよ」
ーーー
荷物をまとめ、一行は港湾区を後にする。
朝焼けの王都。
その出口近く。
「……坊や」
声。
振り向く。
キャステンだった。
右腕には包帯。
三角巾で首から吊っている。
だが。
いつものように不敵に笑っていた。
「行くのかい」
「ああ」
ユーリイが頷く。
「ここに残る理由がないからな」
「そうかい」
キャステンは壁へ寄り掛かる。
少しだけ視線を空へ向けた。
「だったら最後に、一つ言っといてやるよ」
ユーリイは黙って聞く。
キャステンは小さく鼻で笑った。
「あんた、ラローザに似てる」
「その優しさは諸刃の剣だ」
「使い方を間違えると――」
「あんたや、大切な人を傷付けるよ」
風が吹く。
しばらく沈黙。
その後。
ユーリイは静かに頷いた。
「心得た」
そして。
少しだけ笑う。
「ありがとな」
「あんたも優しいよ」
キャステンの顔が露骨に歪んだ。
「はっ」
「気持ち悪い坊やだねぇ」
だが。
その声は少しだけ柔らかかった。
キャステンは視線を逸らす。
「……ラローザじゃないけどさ」
「辛くなったらここに来な」
ユーリイは何も答えなかった。
ただ。
無言で背を向ける。
そして。
右手を軽く上げた。
そのまま歩いていく。
リナ達も続く。
朝日の中。
その背中が少しずつ遠ざかっていった。
キャステンはしばらく黙って見送る。
やがて。
小さく笑った。
「……ほんと、ラローザそっくりだよ」
潮風が吹く。
海辺の華は。
静かに煙を吐いた。




