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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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王都の掃除屋

港湾区は地獄になっていた。


白い粉塵。


咳。


悲鳴。


逃げ惑う荷運び達。


倉庫街の混乱は、既に暴動だった。


その中で。


ユーリイは周囲を見渡す。


「……撒く気だったのか」


リュシエンヌが顔をしかめる。


「いえ……違います」


「これは証拠隠滅です」


「流通経路ごと焼き捨てる気です」


キャステンが血の滲む右腕を押さえながら舌打ちした。


「街ごと切り捨てるって訳かい」


「腐ってるねぇ……本当に」


その時だった。


遠くから鐘が鳴る。


一つ。


二つ。


三つ。


港湾区の空気が変わった。


キャステンの顔色が変わる。


「……おいおい」


「まさか」


次の瞬間。


倉庫街入口から、一斉に武装した女達が雪崩れ込んできた。


黒い外套。


王都警邏隊。


そして。


その後ろ。


灰色の軍装。


陸軍憲兵。


「全員動くな!」


「武器を捨てろ!」


怒号が響く。


同時に。


別方向でも悲鳴が上がった。


キャステンが目を見開く。


「……他もやってるねぇ」


リュシエンヌが小さく頷く。


「一斉摘発ですね」


「恐らく、王都全域で」


つまり。


もう始まっていた。


王都側は。


既に動いていた。


ーーー


逃げ出そうとした荒くれ女が、警邏隊に組み伏せられる。


別の倉庫からは木箱が運び出される。


白い粉。


小袋。


帳簿。


証拠。


次々と。


鼠女王が舌打ちした。


「チッ……!」


そのまま裏路地へ飛び込もうとする。


だが。


その前へ、一人の女が立っていた。


軍帽。


准尉章。


疲れた目。


だが。


妙に鋭い。


ポリーナだった。


「……そこまでだ」


鼠女王が顔を歪める。


「憲兵かい」


「嫌だねぇ、軍の犬は」


ポリーナは深く溜め息を吐いた。


「ワオワオワオッ!」


「これで満足か?」


周囲の憲兵達が一瞬固まる。


鼠女王ですら微妙な顔になる。


その後。


ポリーナは面倒臭そうに帽子を被り直した。


「犬で結構」


「私は吠えるくらいしか能がないんでな」


その背後では、憲兵達が次々と倉庫を制圧していく。


無駄が無い。


既に配置まで済んでいた動きだった。


ユーリイが小さく目を細める。


「最初から全部狙ってたのか」


ポリーナがちらりとこちらを見る。


「偶然辿り着ける規模じゃない」


「王太子殿下側も、陛下側も、随分前から動いていた」


キャステンが鼻で笑った。


「上は上で、ちゃんと掃除してたって訳かい」


「全部じゃない」


ポリーナの声は静かだった。


「だが、放置する気も無かった」


その瞬間。


奥の倉庫で爆発音。


炎が上がる。


誰かが証拠を燃やした。


ポリーナが即座に怒鳴る。


「第三班! 消火!」


「逃走経路を塞げ!」


その声に。


憲兵達が一斉に動く。


リナが小さく口笛を吹いた。


「准尉殿、地味っすけど格好良いっすねぇ」


「褒めても何も出ん」


そう返しながらも。


ポリーナは少しだけ笑った。


ーーー


その頃。


王都の別区画でも。


似たような光景が広がっていた。


閉鎖された商会。


地下倉庫。


裏診療所。


闇店。


次々と踏み込まれる警邏隊。


連行される売人達。


そして。


王城では。


新法公布の準備が進められていた。


“魔薬の製造・流通・販売に関わる者、死罪”


王都を腐らせる毒。


それを、一度王家は焼き払うつもりだった。


ーーー


港湾区。


煙の向こう。


キャステンが小さく息を吐く。


「……終わったねぇ」


ラローザが隣へ立つ。


「まだ残党はいるだろうさ」


「だろうね」


キャステンは苦笑した。


「ゴキブリみたいに湧く」


「でもまぁ……」


港湾区を見る。


泣いている女。


咳き込む荷運び。


怒鳴る警邏隊。


走る憲兵。


それでも。


まだ街は生きていた。


キャステンは小さく笑う。


「少しはマシになったか」


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