海辺の華
空気が弾けた。
最初に動いたのは、屋根の上だった。
短弓。
矢が一直線に飛ぶ。
だが。
「ああっ! もう!」
キン!
エリスが短剣で矢を弾く。
続けざまに飛び込んできた荒くれ女の腕を流し、そのまま鳩尾へ肘を叩き込んだ。
ドゴッ!
女が崩れ落ちる。
「うざったいなぁ!」
涙目で叫びながら、次の女の膝裏を蹴り飛ばす。
「だから、私なんかよりアデルハイドの方が良いって言ったのにぃ!」
キャステンが若干引いた顔になる。
「……お嬢ちゃん達、いいとこの育ちだろ?」
「なんでそんな強いんだい……?」
その横。
荒くれ女が背後からリュシエンヌへ飛び掛かった。
だが。
リュシエンヌは半歩だけ身体をずらす。
空振り。
次の瞬間。
杖の石突が女の喉へ突き込まれた。
「がっ……!」
崩れ落ちる女。
リュシエンヌは小さく溜め息を吐く。
「……ですから、正面から来ないでください」
「リナさん、右です」
「了解っす!」
リナの蹴りが、別の女の側頭部へ叩き込まれる。
その間にも。
ユーリイは二人まとめて地面へ叩き伏せていた。
港湾区の荒くれ達が息を呑む。
細身の男。
だが。
動きが異常だった。
喧嘩じゃない。
戦場の動き。
無駄が無い。
躊躇も無い。
鼠女王が目を細めた。
「……何者だい、坊や達」
「ただの便利屋だ」
「冗談きついねぇ」
その瞬間。
倉庫奥で笛が鳴った。
短く。
鋭い。
キャステンの顔色が変わる。
「まずい!」
「裏町の連中じゃない!」
次の瞬間。
爆音。
木箱が吹き飛ぶ。
白い粉塵が倉庫街へ舞い上がる。
リュシエンヌの顔色が変わった。
「皆さん、口を塞いでください!」
「粉を吸わないで!」
ユーリイが即座に布を口元へ巻く。
リナも同時。
エリスが慌てて鼻と口を押さえた。
キャステンが目を見開く。
「何だい、それ……」
「吸うな!」
ユーリイが怒鳴る。
「そいつは危険だ!」
その声でラローザが動いた。
「口を覆いな!」
「息を止めろ!」
周囲が混乱する。
咳。
悲鳴。
逃げ惑う荷運び達。
その中で。
鼠女王だけが笑っていた。
「ほら見な」
「もう終わりだよ、この街は」
その瞬間。
キャステンの拳が飛んだ。
真正面。
鼠女王の顔面へ叩き込まれる。
鈍い音。
女がよろめく。
「黙れ」
低い声だった。
「この街を腐らせたのは、あんたらだ」
鼠女王が血を吐きながら笑う。
「綺麗事だねぇ」
「ラローザも、あんたも」
「結局は守れやしない」
その瞬間。
背後から刃が走った。
キャステンが咄嗟に身を捻る。
だが。
避け切れない。
血。
右腕が裂ける。
「っ……!」
「キャステン!」
ラローザの声。
キャステンの顔が歪む。
「うるさいねぇ!」
左手で短棒を掴み、そのまま相手の顎を打ち抜いた。
女が崩れ落ちる。
「だから嫌なんだよ……こういうのは……!」
吐き捨てる声。
だが。
その目は、粉塵の中で苦しむ女達を見ていた。
港湾区の荷運び。
裏町の娼婦。
用心棒。
皆。
この街で生きるしかない女達だった。
キャステンが舌打ちする。
「……クソったれ」
「ラローザ!」
ラローザが煙管を捨てる。
「ああ!」
二人が同時に動いた。
その姿を見て。
ユーリイは小さく息を吐く。
「……なるほど」
リナが横へ並ぶ。
「何がっすか?」
「似た者同士だ」
その直後。
倉庫の奥から、更に複数の足音が響いた。
まだ終わっていなかった。




