腐った流儀
倉庫街の空気が張り詰める。
壁へ叩きつけられた荒くれ女が、低く唸った。
周囲の女達が一斉にこちらを見る。
その目に浮かぶのは苛立ち。
そして。
値踏み。
「……男が出しゃばるんじゃないよ」
誰かが吐き捨てた。
港湾区では珍しい光景だった。
男は守られる側。
飾られる側。
少なくとも。
こうして正面から荒事へ割って入る存在ではない。
だが。
ユーリイは女の腕を離さない。
「弱ってる奴を蹴る理由にはならん」
荒くれ女が歯を剥く。
「綺麗事だねぇ」
「使えねぇ奴は死ぬ」
「ここじゃ当たり前だ」
「そうか」
ユーリイの声は静かだった。
「じゃあ、俺とは流儀が違う」
ーーー
空気が変わった。
周囲の女達がゆっくり囲み始める。
リナが小さく舌打ちした。
「……来るっすね」
ユーリイは視線を動かさない。
「ああ」
「三人」
「あっちは二人」
「屋根の上にも一人いる」
キャステンが片眉を上げた。
「見えてんのかい」
「気配だ」
リナが肩を回す。
「懐かしい感じっすねぇ」
「全然懐かしくない」
リュシエンヌが即座に返した。
ーーー
その時。
奥から低い声が響いた。
「何騒いでんだい」
女達が僅かに動きを止める。
人垣の奥。
一人の大柄な女が現れた。
短く刈った髪。
焼けた肌。
右頬には古い傷。
周囲の空気が変わる。
この場の頭。
それがすぐに分かった。
女はユーリイを見る。
次に。
壁へ押さえつけられている女を見る。
そして鼻で笑った。
「……随分可愛い坊やじゃないか」
「うちの娘を泣かせる気かい?」
キャステンがぼそりと呟く。
「最悪だ」
「港湾区の鼠女王だよ」
ユーリイは小さく眉を寄せた。
「知り合いか」
「知り合いたくなかったねぇ」
鼠女王はしゃがみ込み、震える若い女の顔を覗き込む。
「また栄養剤かい」
女は震えながら頷いた。
「……切れ、て」
「身体が……」
鼠女王は深く溜め息を吐いた。
「商品を壊されると困るんだよ」
「せめて仕事終わるまで我慢しな」
その瞬間。
ユーリイの目が冷えた。
「商品?」
鼠女王がゆっくり立ち上がる。
「そうさ」
「ここじゃ働けなくなったら終わりだ」
「食えない奴から死ぬ」
「裏町ってのはそういう場所だよ」
ラローザとは違う。
切り捨てる側。
キャステンに近い。
だが。
どこか決定的に違った。
キャステンが小さく吐き捨てる。
「……腐ってるねぇ」
鼠女王が目を細めた。
「おや」
「海辺の花じゃないか」
「まだラローザごっこしてんのかい?」
その瞬間。
キャステンの空気が変わった。
鋭い。
冷たい。
リナが小さく呟く。
「……姐さん、キレたっすね」
キャステンは笑っていた。
だが。
目だけが笑っていない。
「訂正しな」
「ラローザを、あんたみたいなのと一緒にするんじゃないよ」




