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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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港湾区の鼠

翌日。


王都の空は薄曇りだった。


港湾区。


王都西端。


荷車。


怒鳴り声。


潮の匂い。


魚と油と汗。


王都の中でも、最も“生きている”場所。


そして。


最も腐敗が入り込みやすい場所でもあった。


ーーー


「……なるほどねぇ」


キャステンが周囲を見回す。


「確かに臭う」


ユーリイは目を細める。


「臭う?」


「空気さ」


キャステンは鼻を鳴らす。


「裏町の人間ってのは、もう少し周囲を見る」


「でも、ここ最近いる連中は違う」


「周囲を舐めてる」


ユーリイは周囲へ視線を向けた。


「それが分からんが、嫌な空気がある事は分かる」


「あそこと、あそこ」


「その“舐めてる連中”とやらの中に、嫌な殺気を放ってる奴がいる」


「ああ、あっちにも……」


リナが小声で続ける。


「あれも、それっぽいっすよ」


ユーリイが頷く。


「ああ、気を抜くなよ」


「了解っす」


キャステンが僅かに目を細めた。


「……坊や達、本当に何者なんだい?」


ーーー


港湾区の女達は強かった。


巨大な木箱を担ぎ。


怒鳴り。


笑い。


時には殴り合う。


小柄な女達が荷の確認をし、帳簿を付け、客を捌く。


この王国では。


力仕事も荒事も商売も。


大半は女の仕事だった。


男達は。


よほど高位貴族や大商会へ婿として交換されるか。


あるいは金で囲われ。


芸や愛玩、美貌で生きる。


もしくは。


無価値のゴミとして軍へ送られ。


多少磨かれた後、戦場へ放り込まれる。


だからこそ。


今、ユーリイ達が感じている違和感は妙だった。


倉庫街の奥。


妙に殺気立った女達。


荷運びにしては視線が鋭すぎる。


荒くれにしては統率が取れすぎていた。


リュシエンヌが静かに呟く。


「……傭兵崩れでしょうか」


「あるいは元軍人」


キャステンが舌打ちした。


「最悪だねぇ」


「その手の連中は金で動く」


「しかも、普通のゴロツキより頭が回る」


ーーー


倉庫街。


古びた木箱が山のように積まれている。


その一角。


ユーリイの目が止まった。


「……あれだ」


箱の側面。


小さな焼印。


昨日、リュシエンヌが見つけた商会印だった。


リュシエンヌが目を細める。


「間違いありません」


「でも、おかしい……」


「この商会、数年前に潰れてるんです」


キャステンが乾いた笑いを漏らす。


「死人の名前ほど便利なもんはないからねぇ」


「責任取る奴が居ない」


その時。


倉庫の奥から怒鳴り声が響いた。


「だから言ってるだろ!」


「売り物に勝手に手ぇ出すんじゃねぇ!」


若い女が地面へ突き飛ばされる。


痩せた身体。


目の下には濃い隈。


手は震えていた。


ユーリイの目が細くなる。


「……栄養剤か」


女は必死に何かを掴もうとしていた。


小袋。


それを、荒くれ女が蹴り飛ばす。


「仕事出来ねぇなら死ね!」


その瞬間。


ユーリイが動いた。


荒くれ女の腕を掴み、そのまま壁へ叩きつける。


鈍い音。


周囲が静まり返った。


「……なんだい、男の坊や」


女が睨み上げる。


ユーリイは冷たい目で見下ろした。


「弱ってる奴を蹴る趣味はないんでな」


「代わりに俺が相手してやる」


キャステンが額を押さえた。


「……あーあ」


「坊や、絶対こうなると思ったんだよ」


だが。


口元は少しだけ笑っていた。


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