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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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裏町の流儀

キャステンは結局、帰らなかった。


勝手に椅子へ腰を下ろし、店の酒を飲み始める。


「……帰れって言わなかったか」


ユーリイが呆れた声を出す。


キャステンは煙のように笑った。


「冷たい坊やだねぇ」


「心配してやってるってのに」


「誰がだ」


「ラローザねえさんを、さ」


わざとらしい言い方だった。


奥でラローザが煙管を投げそうな顔をしている。


ーーー


机の上へ、数枚の紙片が並べられる。


リュシエンヌが眉を寄せた。


「……流通経路が重なってる」


「港湾区、西区、南市場」


「全部、最近急に増えた商人達です」


キャステンが鼻を鳴らす。


「最近入り込んできた連中だよ」


「妙に羽振りがいい」


「しかも、金払いが良すぎる」


ユーリイが顔を上げる。


「何か問題があるのか」


「あるさ」


キャステンは酒を煽る。


「裏町の流儀ってのはね」


「最初はもっと慎重なもんなんだよ」


「顔を売る」


「義理を作る」


「敵を増やさない」


「それから縄張りへ入る」


静かな声だった。


だが。


長年この世界を見てきた者の重みがある。


「でも、あいつらは違う」


「最初から金で全部ひっぱたく」


「邪魔なら消す」


「壊れたら捨てる」


ラローザが煙を吐いた。


「裏町の人間じゃないんだよ」


「金だけ見てる」


エリスが小さく身を縮める。


「そんな人達が……」


「王都に入り込んでる」


キャステンが続けた。


「しかも厄介なのは」


「連中、自分じゃ薬を売らない」


「その辺のゴロツキや潰れかけの店を使う」


「だから尻尾が掴みにくい」


ユーリイは机へ視線を落とす。


確かに。


これでは末端を潰しても終わらない。


むしろ。


いくらでも替えが利く。


ーーー


「……だから気に入らないんだよ」


キャステンがぼそりと呟いた。


「この街にだって流儀はある」


「馬鹿騒ぎもする」


「喧嘩もする」


「人も騙す」


「でもねぇ」


その目が少しだけ細くなる。


「街そのものを腐らせる真似はしない」


ラローザが小さく笑う。


「おやおや」


「随分、裏町思いじゃないか」


「うるさいよ」


キャステンはそっぽを向いた。


その姿に。


リナが小声で呟く。


「……やっぱり仲良しっすよね」


「違う」


「違うよ」


ラローザとキャステンの声が綺麗に重なった。


一瞬の沈黙。


そして。


リナが吹き出した。


「息ぴったりじゃないっすか」


「小娘……」


「リナ」


二人同時。


今度はエリスまで吹き出した。


重かった空気が、少しだけ緩む。


だが。


その直後。


入口の扉が乱暴に開いた。


若い女が息を切らしながら飛び込んでくる。


「姐さん!」


「また倒れた!」


空気が変わる。


ラローザとキャステンの顔から笑みが消えた。


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