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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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海辺に咲く花

裏町の夜は遅い。


だが。


静かになる事はない。


酒の匂い。


煙草。


笑い声。


怒鳴り声。


そして。


どこかに沈殿する疲労。


ーーー


「……帰ったっすね」


リナが伸びをした。


ラローザから受け取った帳簿と紙片。


今はリュシエンヌが確認している。


エリスは既に半分眠そうだった。


ユーリイは窓際へ立ち、外を見ていた。


その時。


「へぇ」


女の声。


振り向く。


入口近くの壁へ寄り掛かる女がいた。


長い外套。


鋭い目。


そして。


妙に隙がない。


女はユーリイを見る。


「坊や、あんたラローザの所にいた男だろ?」


「……あんた誰だ」


「キャステン」


口元だけ笑った。


「キャステン・ブルーメ」


リナが小さく眉を寄せる。


知らない名。


だが。


ユーリイは周囲の反応を見ていた。


通りの者達が、さりげなく距離を取っている。


ただ者じゃない。


キャステンは肩を竦めた。


「ラローザんとこにいた時の坊やは、もっと愛想が良かった気がするけどねぇ?」


ユーリイは眉を寄せる。


「……いつ見たんだ」


「さあねぇ?」


キャステンはにやりと笑う。


「ところで、坊やはラローザの所に転職かい?」


「いい身体してるじゃないか」


リナが吹き出した。


「ユーリイが!?」


「需要ありそうっすねぇ」


「黙れ」


ユーリイは軽く溜め息をつく。


「……用がないなら帰ってくれないか」


キャステンの目が少し細くなる。


「随分冷たいじゃないか」


ユーリイは黙ったまま相手を見る。


「昔は一緒につるんでたんだ」


「今は違うけどね」


ユーリイは眉を寄せる。


「……ラローザと長いのか」


キャステンは鼻で笑う。


「あんまり甘ちゃんすぎてねぇ」


「ついて行けなくなった」


「袂を分けたって訳さ」


その時。


奥の通りから、数人の男装娼婦と用心棒の女達が顔を出した。


キャステンを見た瞬間、露骨に顔をしかめる。


一人が前へ出る。


「甘ちゃんだぁ?」


「てめぇ、ラローザ姐さんの何知ってんの? あ?」


空気が張る。


だがキャステンは動じない。


「相変わらず番犬が多いねぇ」


その瞬間。


「おやめ!」


ラローザの声だった。


いつの間にか入口へ立っている。


煙管を肩へ乗せ、呆れた顔をしていた。


「相手にするんじゃないよ」


女達が渋々下がる。


キャステンは鼻で笑った。


「甘いねぇ、相変わらず……ラローザね・え・さ・ん」


ラローザは肩を竦める。


「その呼び方、やめな」


二人の間に、妙な空気が流れる。


敵意とも違う。


長年の付き合いの臭いだった。


キャステンがちらりとユーリイを見る。


「……あんた」


「あの女、かなりやばい橋渡ってるんじゃないのかい?」


ラローザの目が僅かに細くなる。


「余計なお世話だよ」


「余計じゃないさ」


キャステンは壁から身体を起こす。


「最近の連中、ただのチンピラじゃない」


「裏町の流儀も知らない」


「金のためなら街ごと腐らせる」


静かな声。


だが。


その奥に苛立ちが見えた。


「あんたみたいに、全部抱え込んでたら――」


「そのうち潰れるよ」


一瞬だけ。


ラローザの表情が止まる。


だがすぐに。


いつもの笑みに戻った。


「おやおや」


「心配してくれてるのかい?」


キャステンが露骨に顔をしかめる。


「はっ」


「誰が」


リナがぼそっと呟く。


「めっちゃ心配してるっすね」


「うるさいよ小娘」


キャステンは吐き捨てるように言う。


だが。


帰ろうとはしなかった。


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