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遺伝子の小さな箱庭  作者: 妙義豊
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夜のルール

若い女は、ようやく落ち着きを取り戻していた。


浅かった呼吸も、少しずつ整い始めている。


ラローザが小さく息を吐いた。


「……今日は運が良かったねぇ」


周囲の者達も安堵したような顔を見せる。


その中の一人が、小さく呟いた。


「最近、多いね……」


ラローザは返事をしなかった。


代わりに。


静かに立ち上がる。


マスクを外し、手袋を裏返すように捨てる動きが妙に手慣れていた。


ユーリイがそれを見ていた。


「慣れてるな」


「嫌になるくらいね」


ラローザは乾いた声で笑う。


「最初の頃は、素手で抱えちまってたよ」


「そしたら、介抱した娘まで倒れ始めた」


エリスの顔が青くなる。


「そんな……」


「だから覚えたのさ」


「触るな、近付くな、吸うなってね」


その声には、経験から来る重みがあった。


ーーー


店の奥。


ラローザはユーリイ達を小さな部屋へ通した。


香の匂い。


古い木机。


乱雑に置かれた帳簿。


そして。


壁には何人もの名前が貼られていた。


リュシエンヌが目を細める。


「……管理してるんですか」


「体調、借金、客、薬」


ラローザは椅子へ腰掛ける。


「顔役ってのは、案外地味な仕事なんだよ」


リナがぽつりと呟く。


「もっとこう……怖い人達が仕切ってると思ってたっす」


ラローザが吹き出した。


「いるよぉ?」


「怖い奴なんざ、この辺掃けば山ほど出る」


煙管を咥える。


「でも、ああいうのは長持ちしない」


「力だけで人を押さえつける奴は、もっと強い奴が来たら終わりさ」


火を点ける。


「結局、生き残るのは面倒見の良い奴なんだよ」


その言葉に。


ユーリイは少しだけ教官を思い出した。


ーーー


ラローザが煙を吐く。


「で?」


「坊や達は何を知りたい」


ユーリイが口を開く。


「流通元だ」


「誰が流してる」


ラローザはすぐには答えなかった。


煙を揺らしながら、じっとユーリイを見る。


「……厄介な相手だよ」


「最近、西区へ入り込んできた連中さ」


「裏町の流儀を知らない」


「この街の子らが壊れようが」


「客が死のうが」


「街が腐ろうが知ったこっちゃない」


リュシエンヌが静かに問う。


「外から来た商会ですか?」


「半分正解」


ラローザが笑う。


「表の商人と、裏のゴロツキが組んでる」


「一番質が悪い手合いさ」


エリスが小さく拳を握る。


「そんな……」


ラローザはちらりとエリスを見る。


「お嬢ちゃん」


「世の中ってのはね、“儲かる”ってだけで人を売る奴が山ほどいるんだよ」


静かな声だった。


だが。


妙に現実味があった。


ユーリイが机を見る。


そこには、小さな紙片。


乱雑な数字。


酒場の名前。


荷の印。


ユーリイの目が細くなる。


「……これは?」


ラローザが煙を吐く。


「最近、この薬を流してる店の一覧さ」


「調べてたんだよ」


「こっちにも生活があるからねぇ」


その瞬間。


リュシエンヌの視線が、一つの印で止まった。


「……この紋章」


空気が少し変わる。


「知ってるのか?」


ユーリイが問う。


リュシエンヌは僅かに眉を寄せた。


「古い商会印です」


「でも……もう潰れたはずの商会なんだけどな」


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