魔薬
「……またかい」
ラローザが吐き捨てる。
倒れた若い女は苦しそうに喘いでいた。
痩せ細った身体。
焦点の合わない瞳。
指先は小刻みに震えている。
その傍らには、小さな瓶。
ラローザの顔から、さっきまでの余裕が消えていた。
「くそったれが……!」
煙管を投げ捨てる。
近くの女たちへ怒鳴った。
「マスクと手袋!」
「エプロンも持ってきな!」
周囲が一気に動き出す。
エリスが目を見開いた。
「もう準備が……?」
リュシエンヌが小さく答える。
「何度もあったんだろうね」
その声は重かった。
ーーー
数分後。
ラローザは簡易なエプロンを纏い、マスクと手袋を装着していた。
若い女の傍へ膝をつく。
「水!」
女の一人が桶を持ってくる。
ラローザはそれを受け取らず、顎で地面を指した。
「そこに置きな」
「置いたら離れてな」
周囲の女たちが戸惑う。
ラローザは低く続けた。
「私に何かあっても近付くんじゃないよ」
その場の空気が静まった。
誰も軽口を叩かなかった。
ラローザがどれだけ本気か、皆分かっていた。
その時。
隣へ誰かが歩み寄る。
ユーリイだった。
その手には既にマスクと手袋。
ラローザが目を細める。
「あんた――」
ユーリイは倒れた女を見ながら呟いた。
「……マスクは必須、素手での取り扱いは禁忌だったか」
ラローザが僅かに目を見開く。
「知ってるのかい?」
「資料に書いてあった」
短い返答。
ラローザは一瞬だけ黙った。
「危ないから近付くんじゃないよ」
ユーリイは静かに首を振る。
「手伝おう」
「……あんたは介護に集中しろ」
ラローザは数秒だけユーリイを見る。
そして。
小さく鼻で笑った。
「変な坊やだねぇ」
ーーー
ラローザはゆっくりと女の身体を支え、水を口へ運ぶ。
「慌てないでいいさ」
「ゆっくり飲みな」
女の喉が小さく動く。
だが次の瞬間。
突然、女が激しく暴れ出した。
「いやぁぁぁっ!!」
桶が倒れる。
周囲の女たちが悲鳴を上げた。
ラローザが押さえ込もうとする。
だが痩せた身体とは思えない力だった。
その横から、ユーリイが素早く腕を取る。
身体を捻り、暴れを殺す。
「落ち着け」
低い声。
戦場で何度も錯乱兵を押さえた動きだった。
女の抵抗が徐々に弱まっていく。
荒い呼吸。
震え。
やがて。
静かになった。
ラローザが小さく息を吐く。
「……正直助かった」
ユーリイは女からゆっくり手を離した。
「いや、当然のことをしただけだ」
ラローザはその横顔を見つめる。
少しだけ。
最初より柔らかい目だった。
「改めて礼を言うよ」
長い煙管を拾い上げる。
「私はラローザ」
一拍置いて。
「ラローザ・ドゥーニィだ」
「この色街の顔役をしている」
その名乗りは。
最初より、ほんの少しだけ近かった。




