夜咲く薔薇
「私はラローザ」
長い煙管を傾けながら、女は笑った。
「この辺りで、女たちの面倒見てる」
薬売りは露骨に顔をしかめる。
「ちっ……」
「だからお前みたいな女は嫌なんだよ」
ラローザは気にも留めなかった。
「そりゃどうも」
「で? まだ売る気かい?」
「売るに決まってんだろ!」
薬売りが声を荒げる。
「こっちは商売なんだ!」
「今じゃ職人も荷運びも皆これ欲しがってんだよ!」
「疲れが飛ぶ! 寝なくても働ける! 安い!」
「最高じゃねぇか!」
その瞬間。
ラローザの目が冷えた。
「――その先は?」
空気が変わる。
薬売りが僅かに怯む。
「……あ?」
「その先、どうなる」
「身体壊した女は?」
「正気失った荷運びは?」
「これ無しじゃ動けなくなった連中は?」
煙を吐く。
「面倒見てくれるのかい?」
薬売りが舌打ちした。
「知るかよ!」
「勝手に飲んでるだけだろ!」
その時。
「……そこは違いますね」
静かな声。
リュシエンヌだった。
全員の視線が向く。
「依存性のある物を安価で大量に流す場合、売る側は継続使用を前提にします」
「つまり“勝手”ではありません」
「市場を作っているんです」
薬売りが顔をしかめた。
「なんだお前」
「商家の人間です」
リュシエンヌはにこりと笑う。
「いや、正確には“だった”かな」
ラローザが少し目を細めた。
「へぇ……」
エリスは周囲を見回していた。
細い路地。
壁にもたれる女。
虚ろな目の男。
酒臭い空気。
そして。
時折混じる、妙に甘ったるい臭い。
「……この匂い」
ユーリイが小さく頷く。
「噂の栄養剤だろうな」
リナが鼻をひくつかせる。
「嫌な臭いっすね」
ラローザが煙管を肩へ乗せた。
「最近は酷いもんさ」
「最初は遊女だけだった」
「でも今は違う」
「あっちの酒場じゃ給仕の娘が倒れた」
「港じゃ三日寝ずに働いて、そのまま死んだ馬鹿もいる」
「皆、“楽になれる”と思って飲むんだよ」
静かな声だった。
だが。
そこには怒りが混じっていた。
ユーリイが路地の奥を見る。
「流してる元は?」
ラローザはすぐには答えなかった。
煙を吐く。
こちらを値踏みするように眺める。
「……少し鉄と血のにおいのする坊や」
「お前、何者だい?」
「ただのパン屋」
「嘘だね」
「……のバイトだ」
リナが吹き出した。
「そこ修正するんすか!?」
ラローザも思わず笑う。
「ふふ……面白い坊やだねぇ」
ユーリイは眉を寄せた。
「何でそう思う」
ラローザは煙を吐く。
「裏町にゃ時々いるのさ」
「戦場から帰ってきた奴ってのがねぇ」
その目が、少しだけ細くなる。
「生き残っちまった奴の目だ」
空気が少し止まる。
エリスが思わずユーリイを見る。
ユーリイ本人は表情を変えなかった。
ラローザは煙管を傾けた。
「まあ、詮索する気はないよ」
「こっちも色々あるんでねぇ」
そう言った時だった。
奥の路地から、何かが崩れる音。
誰かの悲鳴。
「きゃあっ!?」
一同が振り向く。
若い女が倒れていた。
痩せた身体。
荒い呼吸。
そして。
震える指先には、小さな瓶。
ラローザが小さく舌打ちする。
「……またかい」




